斎藤環の「2030年問題」

ひきこもりから見た未来

ひきこもりから見た未来

 地元の駅前でホームレスの仕事をつくり自立を応援する雑誌『ビッグイシュー』の販売が始まりました。
 先日175号を購入したのですが、特集は「ひきこもり」からの帰還
 斎藤さんの本は難解でなかなか手に負えないところもあるし、前回アップしたTPPがらみの政治的イシューもなかなか論点が錯綜して僕自身整理仕切れないところがある。でも「ひきこもり」に関してはとても明晰で具体的。ということでながながと引用してみる。
 インタビュー記事です。

 ひきこもり第一世代が65歳をむかえる「2030年問題」
 日本と同様、ひきこもり大国と呼ばれているのが韓国だ。「韓国の精神科医によればネットゲームに没頭するひきこもりが多いとのことで、日本の事情とは違いますが、構造は似ています。日本も韓国も儒教文化圏で、親孝行をしてもらうために子ども、特に長男を家から出したがらない。また近代化が進んで、そこそこに豊かな社会である点も共通している。ヨーロッパでも、家族の絆が強いイタリアやスペインではひきこもりが増えているようですね」
 各国から斎藤さんにメールが届くそうだが、斎藤さんが今、ひきこもり問題で最も危惧し、警鐘を鳴らしているのが、「2030年問題」である。「私は、欧米圏の若年ホームレスにはほぼ対応する存在が、日本のひきこもりだと思っています。日本では成人した若者がドロップアウトしても家族が支えてくれますから、家でひきこもれます。反対に、欧米の若者は家を出て自立することが期待されているので、自立できないと路上にドロップアウトしホームレスになるしかない」
 「日本のひきこもりの人は家という居場所があるので、徒党を組んで暴力に走るような真似はしません。日本では、若者がひきこもることで治安にかかるコストが抑えられているとも言えるんです」
 しかし長期的な目で見ると、そうとばかり言ってもいられない。
 70年代の後半に10代の若者だったひきこもり第一世代は、現在40代にに突入。少なく見積もっても10万人はいるとみられ、約20年後には65歳を迎える。
 「年老いた親御さんが彼らの年金保険料を払ってきたおかげで、彼らに年金を受給する権利はあります。ただ、年金財源に含まれている所得税を彼らはほとんど払っていません。実質的にフリーライダーに近い彼らが万単位で出現した時、日本の年金制度がもちこたえられるとは思えませんし、社会がそれをすんなりと受け入れるでしょうか」
 一方で、個人主義が進み、ひきこもりをもつ親にも変化が起きつつある。「今50代より上の親御さんは、子どもに殴られても蹴られても『最後まで面倒をみます』といって子どもを抱え込む。ところが40代以下の親御さんは、ドライです。子どもがドロップアップしようものなら徹底して見放す傾向があります」
 家族の支援を失った若者は、ひきこもることができない。つまり、増え続けてきた日本のひきこもりはこの先どこかで減少に転じ、若年ホームレスに向かうのではないかと斎藤さんは話す。
 人の意欲や欲望は社会性をもたらす。必要なのは中間労働市場
 「2030年問題」を避けるためには、どんな支援が有効なのだろうか。
 斎藤さんが所属する青少年健康センターは月に一度、都内で家族会を主催している。医療行為は、本人が来ないとできない。ひきこもりの当事者は自ら病院に来てくれないので、家族を入口として働きかけるしかないし、そのほうが効果的な場合もある。特にひきこもり期間がまだ浅い場合は、家族関係が良好になっただけで回復に向かう人もいるという。
 同時に、斎藤さんは「一生に一度でもいいから、親しい人間関係を経験してもらいたい」と願い、勤務先の病院でひきこもりの当事者を対象としたデイケア・プログラムを設けている。思春期以降、親密な人間関係を一度ももたずに30歳代に至ってしまうような人があまりに多いからだ。
 そして、究極の目標は「自発性呼び戻すこと」だ。「人の意欲や欲望は社会性をもたらすものなんです。いったん人間関係から外れてしまうと、まともな意欲も欲望ももてなくなります」。とはいえ、目指すゴールは就労ではない。「しかし不思議なことに、親しい人間関係をもった人は、ほぼ例外なく就労を望むようになるんです」
 斎藤さんは、自発性が出てくるのを待つだけ待って、就労につないでいる。「そのせいか、仕事に就いた後でクビになった人はほとんどいませんね。よくあるように、段階的にトレーニングを積んで、最終段階まで行ったから、さぁ就職だといっても、本人の自発性が育っていないとうまくいかない。それに、就労しなくても、本人がそれを肯定できているのなら、それはそれでOKなんです。
 デイケアには現在30人以上が登録し、毎回15人ほどが参加している。全員が交じり合って発言できるように、毎回スタッフがかかわってシャッフル・ミーティングを行っている。午前中はフリータイム。午後はゲームやスポーツを通して、コミュニケーションの機会をつくる。すると、プログラムが終わる頃にはみんなで、お茶でも飲んで帰ろうか」という雰囲気になるそうだ。
 充実した十分なサポートがあれば、「ひきこもりの人の三分の一は就労が可能だろう」と斎藤さんはみている。さらに、「ある程度やりがいがあって正規労働ほどの水準を要求されない中間労働市場が広がれば、それ以上の人が社会で仕事に就けると思います。実際にスウェーデンにはサムハルという国営企業があり、障害をもつ人も含めて2万人以上を雇っているんです。たとえば、定年後の父親と30代の息子をセットで雇う『親子就労』はどうでしょう。企業は無断欠勤のリスクを回避できるし、定年後の父親の居場所もできます」
 また、斎藤さんのおすすめにファィナンシャルプランナーによる「ライフプラン」がある。「今ある資産、親が平均寿命まで生きた場合の収入・支出などを数字ではっきりと見せる。資産がわかると子どもが怠けると思う親が多いけれど、実際は逆で、リスクをよりリアルに感じて働く動機にもなる。ひきこもりの高齢年齢化が避けられない現実として目の前に迫っている以上、早い段階で何らかの手を打ち、就労の窓口を広げておく必要があるのではないでしょうか」−p19−