/夢の欠片(金子勝)

リベラル・ユートピアという希望戦後の終わり親より稼ぐネオニート―「脱・雇用」時代の若者たち (扶桑社新書)

 「オールニートニッポン『ネオニート特集』特設サイト」から情報提供されたのですが、
 ネオニートって何のこと?、みなさん知っていましたか、僕は知りませんでした。
 担当の方のアンサーは「この「ネオニート」というのは何かと申しますと、いわゆる「ニート」ではあるものの、雇用されずにアフィリエイトやネットオークション、せどり等で収入を得、生計を立てている、若者の俗称の事です。」ということです。まあ、興味のある方は3/16日放送の「オールニートニッポン」で、その正体を確認して下さい。
 昨夜は天満橋の「エル・おおさか」で金子勝の『日本経済と格差問題』の講演を聴いたのですが、「オレの悪魔の予言が当たった」とハイテンションなノリでしたね。ダメになった日本を語る時は演技でもいいから哀しそうな表情をすればいいのにね、演壇から降りてまるで一人芝居のライブトークって言う感じで、とにかく、面白過ぎて、僕は何度も笑ってしまったのですが、よく考えると内容は暗澹たる日本の状況を語っているわけ。
 言っていることは「その通り」だと思うのですが、会場に行く前に久し振りに本屋で買ったリチャード・ローティの『リベラル・ユートピアという希望』の帯文が<知識>の代りに<希望>を、と書かれていたのですが、今、僕らに必要なのは希望、でしょう。
 でも、嘘や、甘言で問題を先送りする振る舞いを見逃さない冷静さと「知」、は疎かに出来ない。具体的な方法として、海外メディアの報道をチェックすべきだと言っていました。日本のメディアの質が益々劣化しているのでしょうか。
 まあ、僕らの武器は「メディアリテラシー」を磨いて対処するしかないですね。1960年代後半の「いざなぎ」景気を越えたという現在の景気は全く実感がない。格差が拡大した「雇用なき景気回復」ですよ。実際、ある証券会社のセミナーでも似たようなことを言っていましたね。だから、別段、そこに思想、政治なりが背景にあるわけではなく、冷酷に投資の対象としたら、もうこの国から逃げた方がいいみたいなセミナー講師の話だったわけです。
 金子さんはそんなことは勿論言わないですよ、「公共」に目覚めよというわけ。 フィンランドを例に出していましたね。持続可能な社会を構築するためには「もの作り」、「コンテンツ」、そう言えば、かってNHKの番組で「あやや」は単なるアイドルではなくて、プロだと言っていましたね。
 「子を産む機械」で産めばいいという問題ではなく、莫大な教育投資しかこの国を「希望の国」にする手立てはないということではないか。証券セミナーの講師はそのような「公共」を語らないですよ。「公共」の代りに「外貨」投資なのです。
 最後にキング牧師の有名なフレーズ「I HAVE A DREAM!」で、金子先生の舞台は終演となりました。この「夢」を持ち続ける限り、アメリカは文字通り「美国」に成りえる。
 「希望の国」日本となるためには、子供たちを使い捨てるグローバル経済ではなくて、根気よく子供たちを育てる社会投資しか、方途はないでしょう。
 いや、もうそんなややこしいことはどうでもよくて、目先のことのみ追いかけて、「外貨」で逃げて、下方のスパイラルを眼下に、格差拡大をは知ったことかと「恥ずかしい国」作りに精を出すか、そのことが問われていると思う。
 今はまだ、「もの作り」(「コンテンツ」)が稼動している。でも、この資産が子供たちに受け継がれるようなシステムを壊すようなバカなことを大人たちは絶対やってはいけない。それを壊せば、この国には、「夢の欠片」も「希望の断片」も消えてしまうでしょう。
 今一生さんの『親より稼ぐネオニート―「脱・雇用」時代の若者たち』という新刊は「雇用なき景気時代」に対応する本みたいですね、それを悪夢と感じるか、希望の欠片と感じるか、でも、それは著作権の問題ともからんでくる局面が生じるかもしれない。