ブックカバー

2/21付けの同じ毎日新聞の余禄で書店のブックカバーについて書いている。それで、ぼくも色々と思い出すことがありますので、ちょいと、書いてみます。本屋さん手製のブックカバーは読書人にとって楽しいものですが、結構、書店主にとっても遊び心で楽しんでいる人がいます。かって、新刊書店時代、同僚だったM氏はコンミューン方式の古本屋を始めた頃、ブックカバーに凝り、確か「書皮友好協会」という団体が立ち上がり、彼の古本屋のブックカバーが晴れて第一回の書皮大賞を授賞した。どのブックカバーが授賞したのか、はっきりした記憶はないですが、何せ何十年前になりますから、そのカバー画像をコスト高になるのに頻繁に更新していました。猫をイラストしたもの、泉鏡花の世界をセリフとイラストで組み合わせて物語性を表現したカバー、藤田敏八の『八月の濡れた砂』をモチーフにイラストと、時間も金もかけた立派なものです。ナショナルチェーンの新刊本屋がやるのなら、まだしも、古本屋がやってしまうのですから、驚きです。後年、日本に帰った須賀敦子がこの古本屋に出入りし、店主M氏と交流が始まり、作家として認められ大成し、これからと言う時に病に倒れた、ちょうど、僕も癌で入院していた頃です。須賀敦子さんのことを知ったのはM氏が僕の病室に見舞いに来た折、これからある作家の見舞いと看病手伝いに行くんだと、話を振ったので、イタリア文学に詳しい人だと言う。「塩野七生?」、「違う、須賀敦子…」、そしてぼくは延命したのですが、須賀さんは亡くなった。

●孤独/あの人は、自分の自由を抑えるものは何ものも許さないというような、自分の美意識がはっきりありましたね。美意識の鋭い子供。そしてパワフルであるから、人に被害を与えることもある。/ただ、あの人はおそろしく悲しい人だなと思ったのは、そのような自分を、よく知っているんですよね。常にぼくにこぼしていたのは、「友だちが少ないんだよ」という言い方で、「そうだよな、あなたの性格だとね」というと、「そうなんだよ」と。結局、自分のおそろしいほどのわがままとか、そういうのをよく知っているんですよね。孤独っていうんですか、ものすごくありましたね。それから老後に向かっていくときの女一人の頼りなさとか。でも、あの人はそういうことを対外的には口が裂けてもいわない。自分で立っていくんだ、と。強すぎる人ですからね。/まだ作家として認められないときとか教授になる前というのは、「うちで引き取るから安心すればいいんだよ。相談役で、どこかに本社をつくったら、端っこにプレハブ建ててやるから、そこにいりゃあいいんだ」という感じでいた。嘘だとわかりつつ……。というのは、彼女は基本的に人に頼ろうとしない人ですから。悲しさを出せない人というのは、しょうがない孤独だな、と。/とにかくいろいろな意味で、存在がものすごく重い人でした。だから喪失感も大きい。今回、思い切って取材に応じたのは、そんな自分の気持ちを少しは整理できるかなと思ってのことです。―文藝別冊 追悼特集 須賀敦子 112,3頁―

今、組合加盟の書店数は7200店、ピークだった87年の半分近くに減っている。近場にある老舗の本屋で本を購入した時、ここのブックカバーが気に入ったので、余分にくれませんかとレジでオネダリしたら、ぼくより若い専務がやってきて、顔が強張っている。ブックカバーにかけるコストは結構負担で、原則、お客様には一冊に対して一枚しか渡していないのですがと、散々愚痴を聞かされて、五枚もらいました。ぼくが書店員の頃は、いつも余分に上げていた。催促されると、一杯あげました。本当に今、街の本屋さんは余裕がないのですね。ブックカバーは販促にもなるのです。ぼくの居た本屋のブックカバーは英字新聞をそのまま転写して会社のロゴマークを入れた中々デザイン的に優れたもので、結構、ブックカバーを余分にくれとの催促が多かったのです。