森岡正博は感じる男、間違わないで

王様の耳

やっと、『感じない男』を読了しました。読み始めた頃は余りの説得力のない仮説に腹立ちとイライラがつのり、森岡さん、大丈夫と心配になりました。だって、23頁でもうこんなトンデモ本的な語り口をしている。

もうひとつ言えるのは、パンツが見えそうだけれども見えないという状況が、われわれに宗教的な感情を呼び起こすということだ。なぜなら、ちらちらと見えるのだが、けっして手が届かない崇高なものの中に、人々は伝統的に「神」の姿を感じ取ってきたからである。ミニスカの中パンツが、聖なる色である「白」で覆われていなければならない理由はここにある。白い布で覆われたものが、ミニスカの生地の端から見えたり見えなかったりするという光景は、なんとも言えず宗教的な雰囲気にあふれているのである。

おいおい、これは何の根拠もない作文ではないか、どこかの手垢にまみれた決まり文句を大仰に雑に作者の実存を感じさせない文脈に当て嵌めて書いてしまっている。森岡さん、手抜きではないですか、少なくとも、“われわれに宗教的な感情を呼び起こす”何て書いて欲しくない。このわれわれに僕が含まれていないのは実感としてわかります。この本はこと細かい分析の叙述をしているが、“われわれ”という無根拠性に寄りかかった変に雑なところがあるのではないか、森岡さんは公式HP掲示板でも安易に“われわれ”という言葉を使うなと管理人として戒めているが、そんなルール違反を自らがしてはいけないと思う。少なくとも、その真面目さにおいてリスペクトしていた森岡正博氏にはこんなルーズな書き方をして欲しくなかった。
他の著者のものなら、このまま本書を読み続けるのを断念したかもしれない。でも、何かがあるはずだと、読み続けました。でも、何か噛み合わない、それは森岡さんが使っている「感じない男」がどうも「男の不感症」と、どう繫がっているのか見えなく、特設“感じない男の掲示板”をロムしてもそのあたりが不分明だ。ひょっとして僕が読み落としているのかも知れないが、そのことの苛立ちが飛び火して中々本書を読み終えることが出来なかったと思う。だからぴぴさんの掲示板にもそんな“やつあたりのカキコ”をしている。

shohoji:ぴぴさん、昨日日本から「感じない男」が届いたので、1日の雑用終了後いっきに読了しました。書きづらいこともいっぱいだろうに、よく書いたなあと感心はしたけど、ぴぴさんが感じた悲壮感を、私は感じなかったのよ。しかも、ぴぴさんちのパートナーさんや曽根さん同様、ところどころで笑ってしまった・・・。ほんとのところを誰も口にしないのに、幻想だけが世間に出まわっている、で、それが男性個々のセクシュアリティを歪ませてしまう・・・。そうだとしたら、「それって幻想なんだよ、少なくとも自分にとっては・・・」と、口に出すってとても親切だと思いました。
葉っぱ64:これから、ぼくも「感じない男」を読みます。でも、幻想ってみんなわかっていることじゃあないのかな、それを提示することが親切?そこが首を傾げるところです。まあ、読む前にこんなことを言うのも何ですが…。そんなことは自明のこととして次の話を聴きたいのです。そういう本ならぼくでさえ語ることが出来るといった疑念です。又、読む前にいやらしいことを言ってしまった。僕に訊けば、いくらでもオフ会でそんな具体例を話してあげますよ、と言ったところ(笑い)。
shohoji:私は女なので、私に親切だなあ、と思ったわけではないですが、森岡さんと同じような「歪み」を感じて苦しんでいる人には、「おお、おまえもか」という救いになるのでは・・・と、思いました。「幻想」と知らず、自分の欠陥だと、思い込んでしまうか、知らないふりをしているか、という人たち。葉っぱさんには、「何を今さら」「だから何?」となっちゃうかもしれませんね。それに、この本も万人に向けて書かれているわけではないと思います。前、葉っぱさんが、【1】コミュニタリアン、宗教原理主義者、ナショナリスト、伝統【2】普遍的形式主義者、虚妄の戦後民主主義者、モダン【3】多文化主義、多様性、相対主義ポストモダンと、いう分類について話されましたでしょう。あれで言えば、私は間違いなく【3】のグループに入っちゃうと思うのだけど、このグループに属する人間って、差異にこだわらない、あるいは差異を楽しんでしまうところがありますでしょう。ぴぴさんが、私の翻訳を読まれた後、>同性愛者はパートナーの死をおおっぴらに弔い悲しむことができないなんて、そんなに悲しいことがあるんだ。そのことに気づかなかったわたしは想像力の欠如に恥じ入りました。 と書かれましたが、わたしも同じことを感じていました。自分がこだわらないことって、こだわる・こだわられる苦しみに鈍感になることなんだなあ・・・と。森岡さんは、【2】のグループに属するのかもしれませんね。葉っぱさんの読後の感想が楽しみです。
葉っぱ64:読み始めて、予想もつかなかったことですけれど、「男の不感症」の定義が渡辺淳一の射精が「死をイメージさせる虚無感」であるなら、僕なんか不感症の男ですよ、「射精なんて小便と同じじゃないか」は別に森岡さんの言うようにひそひそ話でなく、自明のこととして言っていました。女の子にも言ったような気がする。何か、昔から射精なんてどうでもいいなんて思っていたところがあります。勿論、勃起不全には関心を持っていました。でも、射精に過大な期待っていうか、幻想を持っている男に会ったことはありませんね。当たり前の話で、要は惚れることでしか、性の至福感を得られないと、僕も、友達も思っていたし、女の子も思っていた、射精だけ取り出して論ずるのは無意味だと思いました。森岡さんの文脈では僕は間違いなく「不感症な男であるけれど、感じる男」です。僕の中では不感症と感じるは別の位相なんです。だから噛み合わないのでしょうね、読書中。―注:(読み易いように掲示板カキコを改変コピペしましたぴぴさん、shohojiさんの前もっての了承を得ていません。ご了解の程を、尚、敬称を省略しています。)―

そうやって読書をすすめてゆくと何と最終五章で、『感じない男』はどういう男かという小項目(158頁)がある。思わずそりゃないよと叫んでしまった。最初の章に書いておけば、こんな苛立ちは感じなかったのに…。だって、ここで書いていることは、僕も僕の周辺の友だちも自明のこととして行動していたからです。明確に『感じない男』を定義すればこんな混乱が生まれなかったのです。

いままで、『男の不感症』と『感じない男』を、似たような意味で使ってきたが、ここでこの二つをきちんと区別しておきたい。『感じない男』とは、『男の不感症』や『自己否定』を自分の中に隠し持っておりながら、そのことからできるだけ目をそらそうとし、あたかもそんなものは存在しないかのようにふるまっている男のことなのである。

僕はあっけらかんと、そんな男の不感症は端から認めていた。だから問題はぼくのような「感じる男」が読んだって啓蒙の意味もない。なるほど、森岡さんは女性読者をターゲットにするつもりだったんだ。そうか、これは「男の秘密」だったんだ。ぼくは結構、女性にも暴露して、オレの場合、こちらの耳の裏側が一番感じるところで、射精はおしっこと同じ、前戯・後戯がもっとも大切って言っていました。射精は単なる区切りです。出来るだけ蹈鞴踏む状態を維持する。内田樹さんなら、わかるでしょう。
もし、女性の読者以外で読むべき人は「男の不感症」を認めない、気がつかない男性読者でしょう。そうならば、ぼくのように勘違いしてしまう『感じない男』のタイトルは『感じる男』にすべきだと思いました。そうすれば、「感じない男」が勘違いして「感じる男」タイトル本を読む可能性が高いはずです。販促の面から言っても、『感じる男』にすべきだったと思う。ぼくの元書店員の目です。
「オレは不感症でない」と広言する男性が読んで初めて新しい気づきがあるはずだからです。ぼくの場合はあまりにも当たり前すぎて、第五章を頭に持ってきて、それからのことを書いて欲しいと思ってしまいました。僕が森岡正博さんに期待するのは、『無痛文明論』のその後です。本書でもそうです。森岡さんの世界像の分析は僕も納得します。でも、それは別に森岡さんが言わなくとも共通の了解がある。何ら目新しいものがないと、言ってもよい。誰も言わない、書かないことなら分析も意味がある。一人の哲学者としてぼくは森岡さんに期待しているのです。

  • 【追伸】♪どうも性にまつわる話は誤読、誤解されやすいので、ダメ押しで、短く荒っぽく書きます。上のフーコーのパートナーは「感じる男」です。ぼくの琴線に触れています。特設感じない男の掲示板で森岡さんとやりとりしている“お〜つか”さんたちがいますが、彼らの書いていることの方が説得力があります。彼らも又、「感じる男」です。ぼくの見立ては一見、ノーマル然として「男の神話」を演じる人達の中に「感じない男」がいるとの観測です。結構、自分では気がつかないものです。だから、僕自身が「感じる男」だと言明しても、そう見ない人がいるかもしれません。だから、感じる濃度と表現した方がいいかもしれません。アブ/ノーマルと、感じる/感じないとは、全然違う位相です。そこだけは厳正に押さえてもらいたいと思います。そうでないと、変な誤読をされてしまう。誤読を回避する意味でも『感じる男』にすべきでした。その例証にフーコーのパートナーのような人を取り上げるべきだと思いました。でも、あの掲示板にまだ、『感じない男』を言明してカキコしている人がいませんね。せめて、「オレは不感症男でない」とカキコしてくれる人がいれば問題の有様が鮮明になるのにと、思いました。
  • 参照:茂木健一郎 クオリア日記: 金で買えない快楽について
  • 産経ニュース
  • 『風の旅人』編集だより :否定よりも代案
  • 『風の旅人』編集だより :批判よりも具体的表現

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