美しく騙されたい

 僕も紹介しようとしたら既にメルさんもブログエントリーしていますが、「メルさん」も「ウラ☆ゲツさん」と同様『「ニューアカ」系図におけるリブロ池袋店全盛期』のリブロ池袋店にハマっていたんですね。実は僕は人文・思想系には弱く、おふたりのようにリブロ池袋店にはあまり行っていない。でも、知人たちはよく行っていました。そんなところから、今泉さんを始め、田口さんたちの書痴と仕事が見事にドッキングして専門書の売上げが前年度対比40%増とか、浅田彰の『逃走論』が羽根が生えて飛ぶように売れたとか、あまりにも前例のない出来事ばかりで、本来、本屋の話題は一般のニュースにならないのに、もうすでに本屋とは縁がなくなった僕の耳にマスコミを通して今泉さんの奮闘振り、リブロ池袋店の異様の熱気が伝わってきました。
 でも、僕は人文・思想系は意識して遠ざけていたところがあったので、図書館に足繁く通っていたが、リブロどころか、本屋さんそのものにも、あんまり足を運ばなかった。だから、その当時のリブロ池袋店を描いた田口久美子の『書店風雲録』は新鮮で非常に面白かったのですが、今回のウラ☆ゲツ記事はその後のリブロ池袋店のスタッフのエピソードを挿入して興味が尽きませんでした。今泉さんが変わっていないと思ったのは、本当に久し振りに地下の売場を覗いたら、どこからともなく今泉さんが現れて、何十年ぶりに会ったのに、昨日会ったかのように、いきなり、挨拶抜きで本の話を滔々と始める。ちっとも変わっていない。田口さんの時は、これまた何十年ぶりに会ったのに、僕の方が良く似ているがお洒落で垢抜けしていかにもキャリアウーマンという自信が全身に感じられ、大昔の田口さんとちょいとばかし違うような気がしたので、僕の目の前をうろうろしていたのですが、声をかけませんでした。多分、田口さんは気がついていたと思います。その次のある日、友だちと出かけた折、田口さんはレジ内にいて、僕はその時はまちがいないと思ったからこちらから声をかけましたが、友だちに「この人、ユニークな、ヘンな…」だったかなぁ、そんな風に言われちゃいました。
 多分、僕が一人で来て買った折、マニュアックなヘンな本を購入したからでしょう。確か雑誌の「ブルーインク」何かを買った記憶があります。この雑誌に松浦理英子が『親指Pの修業時代』を連載していたし、「ボンテージ・ファッション」の写真が収載されていました。でも、田口さんが渋谷のロフトにいた折、店内にモニターをおいて、どうどうと、「ボンテージ映像」を流していましたね、アラキーの猥褻事件もこの頃だったでしょうか。勿論、今の僕は「去勢の日々」なので、かような映像、写真には全く感応しません。精々アラキーの花の写真ぐらいです。
 最近、そう言えばアラキーは仏像の写真に凝っていますね。藤原新也も「四国巡礼」の旅立ちをするし、僕の感性は田口さんの表現を借りれば「マットウ」になったんでしょう。ウラ☆ゲツさんは人文・思想。翻訳系に特化して思い出を語っていますが、結構、かような遊びもありました。
 しかし、ル・クレジオの『ロドリゲス島への旅』(朝日出版社、1988年)のエピソードはオモロイ。ウラ☆ゲツさんは棚担当者に「美しく騙された」のです。この本は在庫稀少なので、ど〜んと平積みされているはずがないのに、ど〜んと平台に積まれていたのです。ウラゲツさんは懐具合と勘案して迷った挙句買わなかったのです。でも、どうしても気になり翌日覗いたら、一冊もないのです。「全部、売れた!」、後悔してももう遅い、足腰の立たないほど茫然自失したと言う。数日後、何と又ど〜んと平積されている。勿論、即効でウラゲツさんは買いました。後エピソードを引用します。

学生時代のそんな経験を営業マン時代に小山さんに話したら、あっさりこう言われました。「ああそれね、わざといったん引っ込めたの」。本と付き合ってきた自分の人生の中でこれほど綺麗に一本背負いを決められたことはありませんでした。すげえ、そんな「手」があるのか。営業マンになってなきゃ、そんなことは知る由もなかったですね。

 今泉さんの店内での哲学談義も面白い。どうやら、学生だったウラゲツさんだけに聞かせるためでなく、お客様に向かって聞かせる広報の部分もあったらしい。僕も今泉さんがリブロに入社する前の大昔、彼のところに泊めてもらったことがありました。夜通し哲学講義です。一様僕の方が先輩だったんですが、僕は静かに拝聴しました。メルロ・ポンティの『眼と精神』をテクストに僕のことを「眼の人」?と断じるのです。でも、みすず書房のこの本は持っていたのですが、一、二度、挑戦して読了出来ませんでした。
 膨大なテキストを読みこなすには現場で働く今泉さんにとって過酷な状況であるにもかかわらず、そんな、人文、思想地図をインプット出来たのは、「耳学問」の効果が大きいと思う。休みの日には著者のみなさんにアポイントをとって訪問する。版元でなく、本屋の現場の人が訪問することは、著者にとっても新鮮で声が直に読者に届くような気もしたのでしょう。今泉さんの訪問を歓迎して喜んで、一対一の講義をしてくれたらしい。勤務中はそんな著者とお茶して話を聞く。
 でも、かようなことは東京だからこそ、可能なんですね。関西でもムツカシイ。地方では無理でしょう。東京に一極集中した知のマッピングは良くも悪くもかような状況を生み出すのですが、今泉さんやリブロ池袋店が仕掛けた「知のファッション」がトウキョーを越境して地方まで波及させるためには、単にハコものとして西武グループをナショナルチェーン化して解決出来る問題ではない。ソフトの問題なんです。西武パルコグループの文化戦略もナショナル化すればするほどその弱点が露呈したということでしょう。
 leleleさんから『関西方面でもトークセッションをやろうぜ問題』について宿題をもらったのですが、東京だけに集中した「知の閉塞状況」がハード面で横たわっていることが一番の障害ですね。恐らくIT時代は本社機能が東京に集中しなくてもやっていけるというメリットがあったはずなのに、まあ、ライブドアは選挙も絡んで本社住所を尾道に移すみたいですが、こういうホリエモンのすばやい反応は検証に値しますね。
参照:伝説の「今泉棚」に思うこと : 新・秋嶋書店員日記