九条商店街の日本国さん?

 退屈男さんがドキュメンタリー名画『ヨコハマメリー』の僕の過去ログを紹介してくれたのですが、僕のブログにしては予想以上の多数の方の訪問客がありました。改めてヨコハマメリーさんの関心度がアップ進行していることがわかる。僕が書いた当時はそんなに、今以上の関心が高くなかったと思う。単にヨコハマに縁のある、ご当地キャラというアクセスではなく、映画の上映も日本縦断し始めていますね。
 DVDも来月に発売ですから、レンタルして鑑賞することも出来ますよ。僕も又、DVDで見ようと思う。映画としても見事なつくりになっている。ドキュメンタリーとしては『ダーウィンの悪夢』が話題となっていますが、映画として評価するなら、僕的には文句なく『ヨコハマメリー』です。でも、有識者、文化人として言われいる人達は『ダーウィン〜』を始め、『武士の一分』、『硫黄島からの手紙』等については熱く語るが、この映画についてのコメントはあまりないですね。まあ、そういうことがこの映画の勲章でもあるわけでしょう。
 街中で最近、異形の人びとをあまり見かけなくなりましたね。退屈男さんがコメントで最近、書店員ネタを書かないですねと言われましたが、そう言えばそうと思い至ったのですが、しかし、僕のいたヨコハマの本屋は、店員もその気があったが、お客様も異形の人が多かったですね。メリーさんだけではないのです。一つのコンセプトとして街角をイメージしていましたね。
 店員もアルバイトを始めバラバラな恰好をしていました。ある時、レジ内でアルバイトで採用したことのない女子高校生が接客している。さすが、これは相当にヤバイ、さすがの僕も怒りましたがね…。
 Mさんっていう当時僕より年上でしょっちゅう精神病院に入ったりしている人なんですが、本の商品知識がものすごく詳しい。そして書店員をつかまえて難問を投げかける。僕は彼の思考法が論理的過ぎるほど論理的だと気がついてから齟齬のない対応が出来るようになりましたが、多分、過去ログにも書いたと思いますが、土木工学の棚の前でMさんは本を探しているわけ。専門書は高額です。そのうちから一冊、本を取り出してレジに持ってくる。でもお金が足りない。それでも彼は堂々と後で返すからカネを貸せと言いのける。それで、レジの女の子が僕のところに飛んでくるわけです。
 彼は僕のことを友達だと思っているから、なんで、土木工学の本なんか買うのかとの問いにニコニコしながら答えてくれる。「地下鉄」を作りたいんだ。わ〜あ、壮大な夢!、「でもね、Mさん、地下鉄を作るためには沢山のお金が必要だよ」、半端なカネじゃあない、銀行からカネを借りるしかない、そんなやりとりで、結局、Mさんは銀行の棚に行く。まあ、そこで僕は適当にごまかして新書版のお金の借り方みたいな本を買ってもらってお引き取りをねがいました。
 そうかと思うと、ある日、事務所にMさんからヨコハマで一番、日本でも有数な大きな本屋さんから電話がかかってきて、そこのトイレに入って便器内に腕時計を落としたというのです。それの処置を頼むとの理不尽なお願いなのですが、その理屈が彼らしい。論理的なのです。腕時計を落としたとこちらの本屋さんに連絡すると、オヤジに知られてしまう。そうすれば、又、病院にやられる。お前は電気治療の痛さを知らないだろう、そんな苦痛には耐えられない、だから、お前のところで、間違いなく用を足していたら落としたとオヤジに説明して欲しいとの要望です。ウチで本を買わないで商売敵の店で本を買おうするから罰が当たったんだと冷たく突き放しましたがね。
 時々店内で「お〜い中村君」っていう当時の流行歌を咆吼していましたがね。
 先日、梅田の淀屋橋で『ビッグイシュー』を購入しましたが、当時、かような雑誌が発売されたなら、街角店内としてホームレスの販場員の方に場所提供したと思いますよ。そういうノリの本屋さんだったのです。だから万引きも多かった。私服のガードマンを雇いましたが、毎日、彼は万引き犯を捕まえましたね。面白いことに彼は私服だから、ストリートガールに声をかけられたこともあった。ということは、この店内で商売しているプロスティテュートがいたと言うことです。
 だいぶ、時が経って、僕が辞めたあとですが、ヨコハマメリーさんは相変わらず、店にやったきたらしい。でも僕の頃とは違って白塗り度が高くなり、薄汚れてしまい、メリーさんが立ち去ると店長はハタキを持って腹立たしく掃除をしたらしい。まあ、彼の気持ちも良くわかりますがね、
 今週、ベルイマンの九条のシネ・ヌーヴォで『サラバンド』を見たわけですが、この九条の商店街は地べたの大阪の匂いがしますね。上映まで時間があったので、古本屋を見つけ入ったら、最早、殆ど絶版で、全巻揃えは無理であろう徳富蘇峰の『近世日本国民史』の安政の大獄前篇、中篇の二冊がありました。端本で少しずつ揃えているのです。それぞれ600円くらいだから買いました。
 そんな本を買ったからでもないのですが、アーケード街をぶらぶらしていると、身長が一メートルあるかないかのオヤジとすれ違った。彼は飛行帽をかぶっていて、両手を後ろに組んで胸を張っている。意識して自分を大きく見せようとする歩き方なのです。僕と同年輩ぐらいでしょう。勿論、戦争体験なんかないはずだ。手書きの名札が墨で書かれている。思わず、それを読んで唖然としました。「日本国」と書かれていたのです。
 本当に姓が日本(ひのもと)さんで、名が国(くに)さんかもしれませんね。
 ネタなのかベタなのか、それはわかりません。でも彼の生真面目な表情を見るとアイロニーを込めたものではなく、ベタなものだと思いました。彼は九条商店街では有名人かもしれないですね。