再版維持制度の論議を

 1940年体制の送り火なのでしょうか?
 こちらの出版流通に関するテクストを読んでみて、
 ★http://urag.exblog.jp/6003760/
 ★http://d.hatena.ne.jp/nikubeta/20070816#p2
 だからこそ、再版維持制度の問題は表に出して堂々と論議を尽くすべきだと思う。
 新聞社、取次、出版社は「まず再版維持制度ありき」という発想を相対化して欲しいと思う。
 上のテクストに紹介されたようなやり方は再版維持制度の法解釈によっては、「あり得る」わけですよ。
 どうも、出版流通業界は再販維持制度問題はヘタに手を付けると「白黒」の決着をつける事態になり、寝た子を起こすことになることを怖れているのでしょうか、何か憲法九条の問題と似たところがありますね。
 ユースド商品の問題は中小の出版社の人たちから時々声があがり、耳にすることが出来るけれど、大手の出版社からの声が聞こえないのはどうしてなんだろうか、全体の流れとして、これでは、再版維持制度がなし崩しになっている。どうもわからない。再販維持制度は法廷闘争に馴染まないのですかね。
 参照:日本国憲法第9条と再販売価格維持制度」書籍出版 双風舎
 双風舎の上のエントリーに対して、ミクシィで僕はこんなコメントカキコしました。新たにエントリーを立ち上げ書くためにメモとして保存。ちなみにピロシさんのエントリーはミクシィ内なので、会員でない方は読むことが難しいかもしれません。ご容赦下さい。

 マイミクのピロシさんが、靖国問題憲法九条について、宮台さんの「手打ち」というキーワードで分析していましたが、再販の問題も実はこのことが頭にあったのです。
 そのことに繋げて長々と書いたのですが、問題が広がりすぎて、ピロシさんの(http://mixi.jp/view_diary.pl?id=531953246&owner_id=64795 )にリンクしてしまったので、暫く、頭を冷やして、考えて、いつか別のエントリーで書こうかなぁと思い、取りあえず、過激なことを書いたのは抹消して、穏便に修正したのです。
 戦後、戦犯の禊ぎの一つとして、財閥解体が成されたわけで、独禁法が施行されたわけでしょう。でも、例外規定として、再版維持制度が設けられた。一番、恩恵を受けたのは大出版社、大取次もさることながら、大新聞社でしょう。ピロシさんがエントリーの中に朝日新聞の戦中の言論に対する有責性について書いていましたが、
財閥は解体されたわけですが、NHK、民放、大新聞社は、きちんと守られたわけですよ、それが多分宮台さん、ピロシさんの言う「手打ち問題」に繋がると思う。
 憲法問題、靖国問題、再版維持制度、記者クラブ問題、NHK問題、etc…、通底していますね。

 しかし、僕はこの問題に関しては読者(消費者)ではあり得るが業界人という当事者ではないので、逆にあまり過激なことは言いたくないのが本音なのです。でも、業界人内部から当事者であるにもかかわらず、この問題をタブー視している。それが問題だと思うわけです。
 追記:そう言えば、大取次でフリーターをやっていた頃、休憩時間中に「再版維持制度が必要なんだ」という回覧が社員から回ってきて、みんな、再販って何?となったのですが、社員は再販が廃止になれば、この会社は持たない、国会でこの問題が論議されるのを何とか阻止したいとのことで、とにかく、再版維持制度護持のサインが欲しい。まあ、僕の心の内は廃止派だったのですが、サインをしてあげましたよ。ちょっぴり後悔しています。
 その社員は必死な形相だったのです。この問題は明日の生活がかかっている、そんな訴えだったのですから、軽い気持ちで、まあいいか、でサインw。