安定労働者ストーリー

風の旅人 27号 Find the rootわれらの時代wandering l風の旅人 (Vol.26(2007))風の旅人 25号 Find the rootわれらの時代spiral life
今、気がついたのですが、「風の旅人」は「なかみ検索」できるようになったんですね。
 ◆風の旅人さんの赤木智弘氏への言及、『変わるべき「体制」とは何か!?』を引用します。全文は←クリックして読んで下さい。本来、『赤木補完計画♪工事中』 のエントリーのスレッドに「23番」さんで、アップするつもりでしたが、垂れ幕が長くなりすぎたし、風の旅人さんのテクストはとても重要なものですからね、単独でこちらでコピペしました。

[……]赤木さんのような人を苦境に陥れた理由として、「労働者派遣法」をつくった政府を糾弾する知識人が多い。派遣会社に籍を置く人が、大企業などの指揮・命令下で働くという構造は、大企業にいいように使われる若者を増大させることになるからだ。しかし、こうした法律が、特定の政治家のエゴだけで制定されるわけがなく、当然ながら、大企業側からの強い働きかけがある。大企業といっても、社長のエゴでそうした働きかけを行うのではない。大企業の社長は、安定労働者のなかで競走に勝ち残った人にすぎないから、その他の社員のメンタリティと、さほど変わらないのだ。また、この国の制度をつくる政府は、政治家というより官僚だ。官僚もまた、高学歴獲得競争の勝者であり、安定労働者の一種だ。安定労働者がつくる組織に従順で、自分たちに優位なヒエラルキーの維持を望み、そのための価値観を保持しようとしている。 こうした安定労働者陣営の自らの保身をはかるための頑迷さは以前から強くあり、この世界のなかで生きることは、私のような高卒者+ドロップアウトは圧倒的に不利だと思った。だからそういう執心を私は持つことはなかった。
 そして、現代の日本の消費文明は、この安定労働者の人たちがあくせくと働くことで作り出し、同時に彼らが従順な消費者となることで、高速で回転している。稼いでも稼いでも出費が多いので、彼らも決して楽な生活をしていない。
 この大勢の安定労働者の思考特性や行動特性が変わらなければ、日本も変わらない。しかし、それを捨てろと言ったところで、我が身を守るために、それを聞き入れるわけがない。学歴とか経歴とかに関係なく人を雇えと責め立てたところで、それ以外の基準がどういうものか、見当もつかない人が多いだろう。
 この層が変わらずに、赤木さん達の立場が変わるのは難しい。ということで、知識人に、「もはや戦争しかありませんよ、あなた達に、この状況を変える智恵はあるんですか、それ以前に、問題の本質がどこにあるのかわかっているのですか」と、赤木さんが言いたい気持もわからないでもない。
 しかし、知識人の多くも高学歴の大学教授だったりするわけだから、安定労働者と同じ保身のメカニズムのなかで生きている人が多い。自分たちが登ってきた階段を登ってきた人の中から後任を選ぶということは、アカデミズムの世界でも繰り返されている。
 そういう赤木さん的立場の人にとっての袋小路のなかで、赤木さんは赤木さんなりの戦略をとっているのだろうが、私の考えは違うところにある。
 私は、「安定労働者」の層に対しては、その頑迷な価値観に対して意義を唱えながら、そうではない生の価値を、形にして示し続けたいと思っている。大きな声で政治的にアジっても、北風にコートを強く抱きしめる旅人のようになるだけだから、そうではない方法で伝える方法を模索している。それが「風の旅人」の制作になっている。
 そして、赤木さん的立場の人に対しては、上に述べたような社会状況であっても、自分が変わることで何かが変わる可能性があることを、完全に忘れて欲しくないと思う。[……]

 こちらのテクストは前日の『政治か個人かという問題ではなく』を受けてなのです。僕もコメントしています。

[……]もし70年代の若者の運動が失敗したのなら、ただ「失敗した」と口で言うだけでなく、その失敗を恥じて、「年金」などの既得権を放棄して、自分たち(赤木さんたち)にまわしてくれよ、と彼は言うでしょう。口先で同情したり、わかったような顔をするくらいなら、具体的にそうしてくれ、と言っているのです。
 「メディアで発言することも具体的な行動の一つです」という感じで政府を批判したり、時にはデモをする左翼系知識人に対して、そのように実効性のない議論と行動をダラダラやられてもどうにもなりませんよ、そういう活動がますます安定労働者とその下の断絶を促進し、自分たちをますます苦境に追いやるのだと言うでしょう。
 彼が望む具体的な行動とは、極端なことを言えば、安定労働者が保有している既得権を放棄しろ、ということです。彼は、抽象的に「政府」を批判したりしているのではない。安定労働者とか左翼系知識人が、「反政府」とか「反体制」を隠れ蓑に、自らを太らせている構図を彼は憎んでいるのだと私は解釈しています。
 実際に、現在の「体制」とは、「政府」ではなく、圧倒的多数の安定労働者です。打倒すべき「体制」があるとすれば、「政府」ではなく、圧倒的多数の安定労働者です。そのなかに、「反政府」を叫びながら、「年金」など自らの保身に執着する70年代の若者が含まれる。[……]赤木さんは、反体制の「正しい側」の論客に対して確信犯的に、「戦争」を口にしている。
 「正しい側」のお嫌いな「戦争」を突き付けることで、既得権を放棄する覚悟があるかどうかを迫っているのです。そして若者を救済したいと言い、同情するのなら、年金を返上し、自分のポストを若者に明け渡す気持がありますか、と言っているのです。政府に悪態をついているのではなく、「正しい側の知識人」に対して、本気度と覚悟を試みている。さらに、赤木さんは、「政治」ではなく、「個人の平凡な幸福」を求めている。「個人」か「政治」かと、左翼系知識人のように、連帯を呼びかけているのではありません。[……]

 かぜたびさんの言葉も痛いですね。確かに『赤木さんは、「政治」ではなく、「個人の平凡な幸福」を求めている。』、このことは間違いない、だからこそ、「個人の平凡な幸福」が手に入ったら、多分、その時、「平和は、希望と言っちゃうのではないですか?」って、僕は書いたわけです。
 参照:http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/7c52533af12442de015cce4d7bfcb721