財務レバレッジ(借入資本金)を増やす?

大阪で橋下改革の一貫として、5兆円の借金を返すためには、痛みを伴う構想をぶち上げて、今のところ圧倒的な府民の支持をもらっているみたいですが、
財務レバレッジという視点で見れば、果たして橋下知事の改革は妥当性があるのか、ひょっとして理念のフレームに囚われて益々府民の暮らしが悪くなるという事態が生じているのではないかという疑念が生まれる。
確かに、反対派の言説の主調音は、国債、府債をどんどんすればいいと言った子ども達に借金を先送りするという施策と受取られかねない。そこに橋下知事のしたたかさがあるのでしょう。
でも、ある大学の先生が講演しているように5兆円なんて、普通のサラリーマンの年収の4〜5倍の住宅ローンを組んだようなもので、何らオカシイものではないとも言える。だけど、こういう言い方は行政の周辺で働いている人達の支持を得られるかもしれないが、一般府民からソッポを向かれるのではないか、どうも反対派のウィークポイントはこのあたりにあるのではないか。丁寧な説明が必要でしょう。
民間と行政とは財務レバレッジに関する考えは違ったものになるとは思うけれど、専門家の意見を聞きたいものです。五兆円の借金を少ないと見るのか、多いと見るのか、そのやりとりなら噛み合うと思います。
本棚に廃刊になった『論座2008/10』の特集「どうなる世界経済ーマネーは国家をこえるか」読んでいたら、JPモルガン証券の北野一が分配ベクトルは教科書どおりなら、(1)まず労働者に支払い、(2)次に債権者に払って、(3)それから税金を納め、(4)余ったものが株主に還元される順序になるが、現実は逆の方向になっている。まず株主にたくさん払わなくてならない構造になっている。だから、「正社員じゃなくてパートにしてね」「金利はゼロにしてね」「国際競争が大変だから税金を下げてね」となる。
北野さんは、この『論座』の対談のために赤木智弘の本を読んだという。その前段を引用します。

北野 赤木さんや雨宮処凛さんたちの本を読むと、すごく納得できる。グローバリゼーションは不可避の流れであり、企業は競争しなくちゃいけない。不幸なことに自分たちはそのしわ寄せを食らっている、というロジックです。現実はこうだということを知らしめてくれる素晴らしいルポなんですが、なぜ現実がこんなに厳しいのか、という点になると1〜2行で終わってしまっている。
 本当に若い人たちを苦しめている原因がグローバリゼーションと競争という属性を持つ企業のせいだとしたら、もはや変わりようがない。で、彼らはその怒りを国家にぶっつけるわけですが、読んでいて思ったのは、どこに怒りをもっていけばいいのか、実は彼らにも見えていない。だから手っ取り早く国家に向かってしまうんじゃないかと。分配が重要になる時代と言いましたが、それをつかさどるのは国家だというイメージもありますし。(p104)

そこで、北野さんは、この逆ベクトルを緩和するために例えば資本コストが高いなら、もっと財務レバレッジを利かせて加重平均資本コストを下げるようなことをしなくちゃいけないと言うわけです。

吉崎(筆者注:吉崎達彦双日総合研究所副所長) 私、北野さんの本を読んでおもしろいなと思ったのは「内外格差が消えたのは構造改革のおかげだが本来、それは日本人が豊かさを実感できるようにするためにやったはずなのに、物価が下がった結果、むしろ貧しさの象徴を生んでしまった」という指摘です。構造改革のおかげで物価が下がり内外格差も消えたけれど、代わりにニートやフリーターが誕生してしまったと。

小泉改革にしても橋下改革にしても、国民、府民構造改革をすれば暮らしがよくなるという強いエネルギーが喚起されたわけでしょう。だからこそ、支持したし支持していると思うわけですよ。

北野 「日本は構造改革が遅れている」とはよく言われることですが、そもそもどういう目的で始めたかを忘れてしまい、自己目的化してしまっているわけです。国民は構造改革という抽象的なことを望んでいるわけじゃなくて、それを通じて得られるはずの何かを望んでいる。そこに何らかのコンセンサスがあったから「やろう」ということになったんですよ。
 今、だいたいその時のターゲットというのは達成した。完全週休二日制になったし、物価や生計費も下がった。なのに不満が残るのはなぜなのか。もう一皮むいて何が苦しい要因かを考えてみようと。
 例えば、日本は潜在経済成長率が他の国に比べて低いにもかかわらず、同じ資本コストを要求されているというのは、いわば慢性的な金融引き締めを求められているのと同じです。自民党上げ潮派の人たちは、潜在成長率の低さと高い資本コストのギャップを解決するために「成長率を上げましょう」と言っているわけですね。ギャップを埋める、という目標自体は正しい。でも、簡単にできっこない。「生産性を上げるなんてあなた、具体的な方法を教えて下さい」という感じですよ(笑い)それよりむしろ、資本コストをどう下げるかに注力したほうがいいんじゃないかと言いたいんです。
 例えば今、日本の総資本利益率ROA)と借り入れ金利を見たら、明らかにROAの方が高い。だったら、財務レバレッジを増やす(=負債を増やす)というのは経営学の常識ですよ。なぜ、それをやらずに自己資本比率が1975年以降最高だと喜んでいるのか。
小林(筆者注:経済産業研究所上席研究員) 日本は、金融不安10年で資本不足に相当懲りた面がありますからね。
北野 だから、世代交代というのも大事です。でないと、赤木さんたちのような若い人たちの不満は行き場がなくなるだけだと思います。
吉崎 国家を恨んでみても、もはや国家にそんな力はないんですけどね。かわいそうに、国家は今までやったことのない仕事ーー高齢化対策だとか少子化対策だとか環境エネルギー対策だとか、人類史上やったことのないチャレンジを背負わされている。本来、グローバル化の中で退場していくべき存在なのに。
北野 ただ、現実としてはカネが先行して速く回り出して、人やモノは何だかんだ言いながら動かない。そこのギャップに苦しんでいる面がありますね。
小林 そのギャップがある限り、国家の役割というのはあると思います。(p106)

しかし、金融危機は益々、先が見えない。去年の今日、お袋が倒れて、散々の正月になり、正月明けにご祝儀相場どころか、日経平均の株価はダウン、そんな中で大阪では橋下改革の嵐が吹き荒れて、とうとう百年に一度の金融危機という事態になったわけですが、来年はどうなるんだろうか?
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20081229-OYT1T00638.htm
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20081230-OYT1T00069.htm