駅前でチラシがまけなかった。

せっかく、駅前で選挙推進のチラシをまいてあげようと勇んで出かけたのに、駅前では警察署の許可が必要で届け制でないみたい。許可ならば前もって申請をしなければならない。今日の今なら間に合わないということで「駅前解散」となり、ティッシュなどを近所のポストに投函して「明るい選挙推進広報」をすることになりましたが、「届けるだけではダメ」なんですね。僕は担当者ではないけれど、行政の方もちゃんと指導しなくてはアカンなぁ。
マイミクさんの「リビアではカダフィ大佐が省庁廃止というアナーキーな政策を進めてるなんて話もあって大丈夫かと思いますが」という記事を読んで 日下公人が書いている『品格なくして地域なし』(晶文社1996年)にも伏流するものがあるなぁと思いました。まあ、どちらも旧聞に属する記事ですが、今はどうなんでしょうかねぇ。

F県の人の話だが、F県が高齢者福祉のために会館を建て、人を置き、イベントをしている予算は県内の高齢者一人当たり一年間六十五万円に達している。これはむしろ高齢者一人一人に六十五万円を渡した方がよい。自分で電気自動車を買ってカラオケ道場や、サウナ風呂に行ったり、文化教室へ通ったりすることにすれば、そうした民間事業も大発展するのにという話だった。官業の発展はアイディアと善意にあふれたものであっても地域おこしとは言えない。その裏で民業の圧迫と文化の画一化を招いているからである。/以上で地域おこしの文化事業に関する私の総論を終わる。結論は(1)わざとらしいものはほめない、(2)税金を使ったものはほめない、ということで、ほめたいのは当事者に「思い」があること、そのためには難行苦行をあえてしたことの二条件を備えたものである。それではどんなものをほめるか例を二つあげよう。(p23)

そこで、「博物館・網走監獄」「優佳良工芸館」をあげている。
本書でその他、日下公人のあげたエピソード。終戦直後、アメリカはイタリアに対してムッソリーニのモニュメントを速やかに撤去するように申し入れたとき、ローマ市長は「ローマは2000年にわたって、歴史を保存してきた。ムッソリーニの100倍も悪逆無道な皇帝のモニュメントもある。一々破壊していたら今日のローマはない」と答えた。そりゃあ、そうだ。
しかし、現金を渡すとギャンブルで費消するのが多いかもしれない。昔、知人が週払いのフリーターをやっていて、お金もないのに、突然、辞めた。自分で派遣会社に取りにいけば良いのに、僕に頼んで3万円なにがしかの賃金をもらってきて欲しい。そんでもらってきてあげたのですが、せっかくの大事なお金を中途半端な金額だから増やしたいと僕の目の前でパチンコをした。あ!と言う間にお金は消えた。