ゴミか燃料か
ゆがめられた地球文明の歴史 ?「パンツをはいたサル」に起きた世界史の真実? (tanQブックス)
- 作者: 栗本慎一郎
- 出版社/メーカー: 技術評論社
- 発売日: 2012/04/14
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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トイレがないなら、僕のように失禁パンツ、尿パットを常に携帯、装填してもらいたいなぁと、
ちょっとばかし、イヤミを言って見たくなる。
一歩下がって原発推進派の面々が「使用済み核燃料」について納得の行く説明をしてくれるのなら、
「待てよ!」と立ち止まって「思考停止」を保留して考え抜くのはやぶさかでないのに、
どうしてそんな説明をしてくれないのだろう。
これじゃ〜あ、いくら考えても「脱原発」になってしまう。
ああ!「早く脱パンツ」になりたいのに、もうそんな希望はないのだろうか?
というわけで、
◆http://seiji.yahoo.co.jp/column/article/detail/20120322-01-0901.html
から引用。
しかし、ワンスルー案は核燃料サイクルを行わないという決定が正式に行われることを意味するため、その影響が大きいのに対し、留保案ではまだ正式に核燃料サイクルを断念したことにはならないところに最大の違いがある。例えば電力会社は現在、使用済み核燃料をすべて資産計上しているが、核燃料サイクルの可能性が絶たれると、これがすべて処理が必要な廃棄物、つまりゴミとなり、それを負債として計上しなければならない。日本原燃の川井吉彦社長の試算では、現在国内にある約1万7千トンの使用済み核燃料は燃料として再利用された場合、原油換算で約15兆円の資産価値があるそうだ。バランスシートへの影響も非常に大きい。
言うまでもなく、六カ所村の中間貯蔵施設の取り扱いも困った事態に陥る。核燃料サイクルの可能性が消滅すれば六カ所村の核燃料プールは中間貯蔵施設ではなくなるため、制度上は各電力会社がプールに貯蔵されている使用済み燃料を引き取らなければならなくなる。もちろんそのようなものを引き取って保管しておく場所はどこにもない。
要するに「留保」案とは、事実上は存在しない核燃料サイクルの可能性に含みを持たせることで、とりあえず既成事実を残し、そのうち月日が経てば、誰が決定するともなく空気の支配によって物事が決まるのを待ちましょう、という選択肢に他ならない。
パンツの連呼で栗本慎一郎のカッパブックス名著「パンツをはいたサル」を思い出した。
検索すると、クリシンは元気にこんな新刊を出しているんですねぇ。