堀江敏幸/問わず語りの回遊魚

『珈琲時光』の映画監督「侯孝賢」(ホウ・シャオシェン)は神田神保町古本街の若い古本屋店主(浅野忠信)、名曲喫茶店主、てんぷら屋の、寿司屋、荒電の沿線のアパートに住まうルポライター一青窈)と、下町の人々をナチュラルに登場させるが、堀江敏幸『いつか王子駅で』のいつか読んだシーンを思い出して、映像と重なり、僕自身、長年住まった映像がスクリーンに逆投射されて、僕だけの交合した映像が脳内に結ばれて、映画の時間以上の想いに耽ってしまった。この映画の「古本」「都電」「忘れられた作曲家」、「職人気質の店主」など、それらのキーワードは、『いつか王子駅で』にも、登場する。この映画自身、小津安二郎生誕百周年を記念した「新東京物語」なので、小津を意識したのは勿論であるが、監督はこの堀江敏幸本を読んだことがあるのであろうかと、気になった。このブログの『侯孝賢』のエントリーでも触れていますが、この原作で監督に映画を撮って欲しいなぁと、リクエストしたくなりました。

  • 追記:ドキュメント映画監督の佐藤真は王子在住なのですが、長年『トウキョウ』を撮ることを夢見ているとのコメントを下のエントリーで、ぼくはしていました。佐藤監督にも『いつか王子駅で』をドキュメント風に、撮ってもらいたいですね。

王子界隈は水の匂いがする。無為に待つことの快楽の日々に住み慣れて、10年以上も逃げ水を追い駆け、逃げ馬となり、東の荒川ならぬ西の淀川に居を構えてから、追いすがってやって来た「いつか王子駅で」の叙情に溜息ついた。そんな自分の想いを重ね合わせて読めば、消えた正吉はここに西の水の畔に徘徊していると、自分に向かって指呼していた。島村利正の『残菊抄』から菊花賞へと飛躍するこの本は雑誌『書斎の競馬』に連載された芥川受賞作品『熊の敷石』で表舞台に登場する前の作品であるが、単行本として発売されたのは受賞後で8章から11章は書き下ろしである。そうであって見れば、受賞前後の事情がこの本にある彩り与えているのだろうか。 王子駅から尾久の荒電線路沿い辺りがこの小説の舞台である。ここに登場する人々は川端康成『川のある町の話』の物語にも、私の住んだ90年代の王子の風景にも徳田秋声の、『あらくれ』にもすんなりと、鎮座する。おそらく、昭和を遡って通り抜け、そこから延々と持続する下町の人々の=旋盤ハ二刃ヨリ芳シ=との瀧井孝作に横顔がそっくりな職工の林さんの美意識が咲ちゃんにも受け継がれている磁場だからであろう。翻訳の請負仕事で賃稼ぐ、先が見えずとも、安岡章太郎の『サアカスの馬』のごとく(まアいいや、どうだって)と確信犯的につぶやきつ、舞台に登場するや、大化けする背中の窪んだ馬の栄光は「私」にとって、大切にしまっておいたテンポイントの物語とオーバーラップする。文壇にデビューする作者の衒いを感じるのは私の穿ち過ぎか。 銭湯で健康ぶらさがり器にぶらさがり、健康に留意しなくてはとつぶやく昇り龍の刺青した彫り師の正吉さんと知り合い、居酒屋「かおり」で女将さんの点てた珈琲を喫しながら、問わず語りに回遊魚としての同族の匂いを嗅ぐ。知的極道(某大学の非常勤講師)の「私」はある日、ちんちん電車に乗り込んだ正吉さんを追い駆けて見失う。正吉さんを思いやりながら、「私」は段々と王子の狐の綺(あや)に深入りしてゆく。中井久夫によると下町とは「ありあわせの入れ物に土を盛って家々の前に植木を生やすところ」とあるが、ひとつ加えれば、近くに銭湯があるところであろう。ここ、私の淀川のベットタウンは駅前に41階のマンションを建造中であるものの銭湯は一軒もない。ただ、菊花の競馬場は目と鼻の先である。週末ともなれば、馬に夢見る男達で混雑する。その中に正吉さんがいるかも知れない。私の王子も風呂なし鉄骨アパート、安家賃であった。隣人達はマレーシア、中国、イラン、フィリピン人と、一人暮らしの年寄り日本人達であった。思えば、彼等も流れて流れる回遊魚であった。そうなれば、私も回遊魚の哀しき宿命でこの王子に帰って来るかもしれない。 淀川に合流する桂川、木津川、宇治川三川合流公園は飛鳥山に負けない桜舞う地であるが、マイルス・ディビスの 『いつか王子様がやって来る』にスイングしながら、やっぱし、王子を懐かしんでいる。―bk1栗山光司書評より大部分引用―

bk1の書評を覗くと、堀江敏幸が初体験の人を初め、この本にめぐり合った喜びをみなさん、嬉しげに書いている。レビューアップしなかったぴぴさんも、ブログに想いを寄せている。オススメできる本です。映画『珈琲時光』を観た人には特に…。
熊の敷石 (講談社文庫)雪沼とその周辺一階でも二階でもない夜―回送電車〈2〉本の音おぱらばん