遊撃のアルチザンたち

kingさんから昨日の“文学フリマ”の『レポート』(「壁の中」から)がアップされています。二十冊ぐらい売れたらしいですね、まず、成功でしょう。一回目ですから、二回目もチャレンジして下さい。ここでも時々触れている榎本香菜子さんも展覧会が開かれるらしいし、見たいのに、東京なので残念無念。

その代わりと言っては何ですが、昨日、天王寺公園映像館で、中島貞夫監督の『序の舞』と『懲役太郎 まむし兄弟』を観ました。この映像館は大阪市の管轄ですが、この春以降、映像館として利用されていなかったらしい。今回、日本映画名作鑑賞会というイベントで、劇場として利用されたのですが、来年以降はひょっとして、閉鎖ということもあり得ると寂しい話を、中島貞夫監督と文化庁文化部長の寺脇研氏が前振りで、話し始めたのですが、すごくもったいない話です。階段式のホールで約300人収容出来る適当な大きさで、何せスクリーンがいい。専門的なことはわからないが、金のかかったホールです。

民間委託でやれば、何とかなるでしょう。映画評論の仕事もして映画雑誌などに短文を書いてもいる役人の寺脇氏は、かようなホール経営で一番、金かかかるのは人件費で役人の給料は高いですからと、監督にふれば、監督は大阪芸術大学で引き受けてもいい、映画学科の中に映画館経営の講座の実習としてホールの裏方作業とか、そんなことも積極的にやるべきだし、撮るだけが映画ではない、プロデュースも大事な映画つくりのスキルだし、そう言えば、ゴダールも『映画史』で、確か、映画つくりで、会計の仕事もやらざるを得なかったし、それは重要なんだと、書いていたような気がする。中々この文化部長は多分団塊の世代だと思うが、結構、思い切ったことを言って座談を楽しませてくれた。

明日、市の助役と会う約束なので、この映像館を存続の方向で検討するように要請しますよと、頼もしいことを言ってくれました。彼はリアルタイムで中島貞夫の映画を観ているのです。それも初期の『大奥(秘)物語』、『くノ一忍法』、『温泉こんにゃく芸者』、『まむしと青大将』などです。(この映画青年?の文化部長はB級映画に詳しい)

監督は東大の美学科を出て、東映に入社したのだが、京都撮影所に異動になり時代劇、仁侠映画の撮影修業が始まる。京都に異動になる時、お前は大学でギリシャ悲劇をやっていたのだから、時代劇に間違いないとわけのわからぬことを言われて、スターシステムと職人集団の京都撮影所の世界に放り込まれ、二年間は大変だったみたい。だけど、大卒が珍しい、それも東大出の助監督が、連日連夜、酒を飲み交して、映画つくりの職人たちの世界の中に受け入れられいく、エピソードは結構、面白かった。

今日の一回目は『序の舞』を観たのですが、それはまさしく、京都撮影所の技能集団が精力を結集して制作した見事な映像美に仕上がっている。ひとつ、ひとつの小道具まで、魅せるのです。色の陰影がくすんだようで柔らかく、カラー映画としては特筆なものではないかと思う。手つくりの質感があり、もう今ではこんな映画は出来ないのではないか、原作は宮尾登美子で、女性で始めて文化勲章を受章した美人画上村松園をモデルにした映画であるが、松園の絵が背景を飾るが、原画ではライトの光で、劣化するので、京都美大の画学生達に模写をしてもらったりと、この映画に関しては、京都の町屋を描くために、撮影監督には森田富士夫、井川徳美術監督といった京都生れ、京都育ちの京都を知るスタッフで徹底した映画つくりをしたらしい。その徹底さは画面に現れている。

むしろその完全主義的な徹底さが、実際の今の京都ではなく、かってあったらしい幻想の京都のクリシェ枠組みから逸脱していない古典美を感じて、何か、久世光彦の本でお目にかかるような既視感がありました。しかし、本来の中島監督はいわば“反美学”ともいうべき、クリシェ、パターンを壊す方法論を得意とするのであって、この映画は中島映画の中では特別の位置を占めるのであろうか?その辺は、ぼくの貧しい知識ではコメントを差し控えた方がいいのかも知れない。久世さんの本は“モロ、美学”なんだから…。勿論、これは宮尾登美子の原作なので、宮尾登美子と言わなくてはいけないのですが、監督自身が告白していたように後半は上村松園の母親が前面に出て、監督のマザコン振りが露出した所為かもしれない。久世さんにもそれを感じるし、そう言えば、中島監督は、最近の鶴見俊輔を写真でしか、知りませんが、よく似ているような気がします。おふたりとも、タヌキそっくり、(失礼)。鶴見さんのお母さんも賢婦ですね、中島監督の映画はあまり観ていないのですが、そんな母親の影がちらつく。二回目の『懲役太郎 まむしの兄弟』も出入りに向かう兄弟の勝次の吹くハーモニカのメロディにかぶせて、童謡を歌う女の声がする。それは多分、お袋だと、勝次は呟く。

“巻き助”さんを初めブログで、フェルメールの名画を主軸にした映画『真珠の耳飾りの少女』の評判が良いのですが、今まで観る機会が食い違って、未見なのですが、『序の舞』で、又、この映画をDVDでなく、劇場で無性に観たくなりました。調べると、千里セルシーシアターです。何処?

面白いエピソードを一つ。寺脇さんが東大生の頃、駒場の正門で、当時助教授だった蓮実重彦にばったりと会い、例の口調で、「寺脇君、最近、何かいい映画がありますかね…」と訊ねられ、彼は間髪を入れず中島監督の『ポルノの女王 にっぽんsex旅行』を薦めたらしい。次に教室で会った折、礼儀正しく、「寺脇君、あの映画は非常に面白かった」と、ご機嫌だったらしい。なるほど、でも、ぼくはこの映画は1973年製作で、荒木一郎が出演で、ポルノ女優クリスチナ・リンドバークが主演なのですが、観ていません。こうやって二十代、三十代、回想すると、邦画はほとんど観ていないことに気がつきます。とくにポルノ映画って観ていないなぁ…。観ても退屈だった記憶しかない。映画館の薄暗い闇より、明りの中の街ゆく女の子たちの方がよかったということもあります。話が脱線しそうですので、やめます。
遊撃の美学―映画監督中島貞夫序の舞【劇場版】 [VHS]フェルメールとその時代ザ・ケルン・コンサート