置き去りにして遺すもの

今年はブログを初めて日々の生活リズムがだいぶ変わったと思います。そのひとつに映画をよく劇場で観るようになったことです。まあ、これは今年からシルバー料金千円で入場可になったことが一番大きいのですが、ブログのネタに映画のコメントを意識的に書き出したことも主因だと思う。去年まで、劇場で映画鑑賞なんて、そんな習慣はあまりなかった。洋画はともかく、邦画の新作は映画監督の名前、俳優名も知らない不案内なので、そもそも、何を見ていいのかも五里霧中で、折角、交通費をかけて出かけるのだから、いい映画をということになるが、そんな時、ネットで御馴染みになった人達のレビューは物凄く参考になりました。ジョゼと虎と魚たち(通常版) [DVD]ジョゼと虎と魚たち (角川文庫)
プロの映画評は実際に鑑賞してみて、その食い違いに辟易することが多いのですが、見知りの人のレビューは裏切りの誤差が少ない。そんな中で、例外なく、みんなが絶賛した邦画は『ジョゼと虎と魚たち』でしょう。昨日、社会学者の原田達さんが『研究室』にレビューアップしています。それをロムすると、社会学者らしい肌理の細かい分析に映画の様々なシーンが思い浮かんでDVDで再見したくなりました。未見の人は是非とも観ることをオススメします。原田さんのこの映画に関するフレーズ…。

「去ることによって何かをのこす者」である。ジョゼに残されたもの、それはひとりで外に出て、ひとりで道をゆく力だ。もちろん、それは厳しい現実と直面するということであり、その意味でいまだジョゼに春はやってこない。しかし、今はまだ厳しい冬でも、春の予感はある。ー『原田達レビューより』

ぼくの旧ブログのカキコも紹介(7/4記)。

 「幸福とは/どんなもん/死んだモン」、 やっと、今日、 “原作”を読みました。筋立ては映画の方が複雑で、固有名詞のある登場人物もジョゼと恒夫しかいない、だから二人の世界はあちらで、固有名詞のない人々のいる世界がこちらで、又は、海の底竜宮城でジョゼと恒夫がゆったりと、「死んだモン」として「幸福を噛み締める」っていう図を読み取る事が出来るけれど、映画の方は「生きる」強烈な意志が感じられる。図式化すれば、田辺聖子の原作は閉ざされた世界が前景化しているが、映画の方は外に向かって開かれている、陽に向かう向日葵の指向性を感じるということです。それは恐らく、象徴的には “ジョゼと虎と魚たち(角川文庫)”には登場しない施設で知り合ったヤンキーの新井浩文が映画で圧倒的な存在感を示すシーンに表現されるであろう。彼はただ、怒る、吼える。そんな年上の新井浩文をジョゼは、「アタイは浩文(役名は忘れているので…)の母親」と宣言する。映画を観ている時は、そのことが小さい、小さい(何せほんのちょっとのシーンですから)エピソードと思っていたのに、原作を読むと、新井浩文のヤンキーはいない。一緒に映画を鑑賞したYは「ジョゼには、あのヤンキーがいるではないか…」、「この映画の欠点はジョゼがあまりに魅力的に描かれ、別れに説得力がなかったということ」、「だって、妻夫木が選んだ女(女優の名前は忘れました)は影が薄い」、「そのあたりにリアルさが欠けるんだよな…。」まあ、かような疑問符があるから、ラストシーンの妻夫木の号泣が説得力を帯びてリアルさが立ち上がるのですが、聞くところによると、新井浩文池脇千鶴はいい付き合いをしているんですって、真偽はしらないが、ぼくの中では、ピッタンコ、大体、映画と原作があった場合、特に文芸ものでは、映画は原作に負けるが、この映画に関しては、原作と独立した逞しいものに仕上がっている。暗喩で言うなら、原作は「魚たち」の物語ですが、映画は「虎」の咆哮が聞える。裏声はヤンキーの新井浩文で、ジョゼは妻夫木を置き去りにして海面に踊り出た人魚姫で、この世があの世になって海底深く消えうせて、あの世がこの世になって虎と人魚の物語が始まる、そんな阿呆な夢を見ました。原作が魚で映画が虎になっている。そんなところです。

 /ジョゼも恒夫も、魚になっていた。/ー死んだんやな、とジョゼは思った。/(アタイたちは死んだんや)
 /恒夫はあれからずうと、ジョゼと共棲みしている。

 (アタイたちはお魚や。「死んだモン」になった……)/と思うとき、ジョゼは(我々は幸福だ)といっているつもりだった。
 映画はそこから、立ち上がる。原作を置き去りにする。

 追記:このブログでもお馴染みの“とみきちさん”田辺聖子の原作のレビュー 『できれば男性諸氏は本書をお読みくださいますな』ってユーモア溢れるタイトルでbk1にアップしてます。参照して下さい。映画の方は老若男女を問わず楽しめます。(勿論、泣きたい人も、多分、「世界の中心〜」より泣けます)。角川文庫の方は“とみきちさん”のリクエストに答えて未読です。それから、あべいずみさんが、6/23日付け、本書のbk1 “レビュー”をアップしました。ぴぴさんも、♪『吟遊旅人・シネマ日記』♪みんなそろって、オススメです。