本の流れ
今日、近場の図書館のリサイクル棚をみたら、バリバリの新刊で話題の三砂ちづる『オニババ化する女たち』(光文社新書)が美本でありました。「どうして?」って裏表紙で確認するとちゃんと【○○市図書館除籍済・リサイクル図書】のスタンプが押されている。先日「ブ」で見つけて、買ったのを面白かったので、○○さんにあげたので手元にない、それで貰ったのですが、スタッフに疑問をぶっつけて、「新刊書店ではこの本を平積みしているほど売れているのに、どうしてリサイクル棚にあるのでしょうか?」、どうやら、この本は学習会のテキストで使われたのか、複数重複で○○市のネットワークでは過剰気味の寄贈があったみたい。それで、美本の状態で図書館に流れたのがどうやら真相みたいです。
近場に「ブ」のような新中古書店が二軒もあるのですが、こちらにも少しは流れているのでしょう。百円コーナーにも見つけました。養老さんの『バカの壁』もありました。僕がこの街に引越しした当初、従来型の古本屋が三軒もあったのです。こういう古本屋は新刊ベストセラー現役なら上手に本を寝かせて売る工夫をして、新刊書店と噛みあった「本の流通」の棲み分けをしていたと思うが、今は、この三軒とも撤退で、今までこの街の住人は「不要本」を古本屋に持っていく選択肢があったのに、新中古書店か、自治会でのリサイクルゴミの日に出すかになってしまったのです。そんな本の流れの切り替えに図書館がリサイクル棚を始めたのです。僕自身、「ブ」に本を持って行って、「あまりの目利きの段差」に腹立たしい思いをするよりは、図書館や誰かさんに贈呈することが多くなりました。
従来型の古本屋さんは益々専門化して敷居が高くなりましたし、最近、かような古本屋で本を買ってもらったことがありません。そうそう、大倉舜二の『emma』(1971年毎日カメラ別冊)がネットで九千円の値段がついていたので、梅田の芸能関係の写真を置いている古本屋に持っていったら、全く関心を示しませんでした。ネットでアップすればそれ相応の反応があるのでしょうか。でも、ネットショッピングってワカリません。ネットで古本屋さんを開店する人が増えているみたいですね。
- 参照:『末端古本屋雑記帳』
- 小田光雄『書店と近代』
- ◆〓本のシャワーにさらす肌〓◆“勝手に社外取締役・4”
- 陸這記「文字・活字文化振興法」は「新聞・出版産業保護法」か。
- しかし、「版面権」何て知らなかった。「公共貸与権」も分り難い法概念です。再版維持制度を護持することが先にありきになっている。今、現在の既得権を守るために、将来、出版業界が荒廃するかどうか、考えないでおこうと、思考停止の「バカの壁」を張り巡らした法整備だとすると、単に問題の先送りになってしまう。再版維持制度はあくまで、特例なのです。既得権に居直るとゆくゆくは精神の荒廃を招く。もし守るべきが「文化」なら、そんな既得権を作家も、出版社も取次ぎも将来を見据えたアンテナで受信して鋭敏になるべきでしょう。もっと、正面から再販維持制度に対峙して欲しい。せめて目に見えるところで議論すべきでしょう。国会議員の仕事が「既得権」を守る、拡大という方向性から転換しないと、希望格差社会が益々進行しますよ。
- 『新聞は生き残れるか』
- 小田光雄『文庫、新書の海を泳ぐ』