万引き常習犯

ある本屋さんで万引きに困っていると言われました。僕とそんなに違わない年恰好のオヤジの万引き常習犯に悩まされていると言うのです。書店員達はオヤジの顔を知っているのですが、中々現行犯で捕捉出来ないのです。男は何度も店に出入りして、頻度も金額も右肩上がりらしい。何とかしたいのだが、専門のガードマンがいても取り逃がしているとのこと。
僕も書店員の頃はよく万引き犯を捕まえました。一番、腹が立ったのは、同業者を捕まえた時です。取次ぎの店売のノリなのだから、かなわない。先日、図書館の人と話をしましたが、ページの切り取り、黙って持ち帰りと、無作法の振る舞いが目立つと言う。ただ、図書館の蔵書は新刊本屋の本と違って、古本屋、店売で換金というわけにはいかないから、黙って持ち帰ったが、又、黙って図書館の本棚に戻すことも結構あるみたい。
もう、五、六年前の話ですが、東京の街の本屋さんで、70歳近い店主が万引きの青年を捕まえたのですが、店内のエリアで声をかけたもんだから、トラブッてしまった。青年は万引きしたバックを放り投げて逃げ出したのですが、そのバックの中に携帯があった。青年は引き返して、厚顔にも年寄りの店主に携帯を返せと抗弁して居直ったのです。
彼の言い分は、オレは店外に本を持ち出したわけでない、だから何の犯罪をも犯していない。その携帯はオレのものだ。返さなければ、横領罪で訴えると、えらく鼻息が荒いのです。そのやりとりをレジを挟んでやっている。店内には僕を含めて5、6人のお客さんがいました。店主の言い分は、君は今回だけでなく、随分前からここで万引きをやっている。君が来るたびに注意していたんだ、成程店外に出ていないというが、そんなのは詭弁だ。第一、この年寄りが君が店外に出てそれから追いかけったって間に合いっこない。この携帯は返さない、君の態度は何だ。前に万引きをやったっていう証拠はどこにある。侮辱罪でオヤジさん、訴えるぞ、青年は詭弁を弄して素直に謝る気配どころか、逆に攻勢に出ている。理屈は青年の方が立っているのです。
僕が現役の頃は、絶対店内で声をかけることはしなかった。店主は相手が常習でいつもの通りやったという確信がある。でも、店内は店主がひとり、青年が店を出て、レジをほっといて、追いかければ、取り逃がす危険もある。店の方も心配だ。
それで、レジ前を横切るときに声をかけた。バックは店内に投げ捨てられ彼は逃げたのですが、思わぬことに携帯を忘れたのです。多分、お金よりは大事なものなんでしょう。だから、彼は必死な面持ちで戻ってきて、屁理屈を並びたてたのです。形勢は店主に不利である。
僕は店主に一二度、話をしたことがあるので、応援をしようと思ったが、どうも勝算がない。ただ聞耳を立てて様子を窺っていたが、突然、近くの警察署の非番の刑事が警察手帳を見せて調停役を買って出た。その後の経緯は知らない。
万引きの常習は段々エスカレートして結局、どこかで捕まってしまう。というか、捕まるまでやるものです。だから、この店だけでやるのでなく、他店でもやっているでしょう。いつか、優秀なガードマンに捕まるでしょう。僕のいた店のガードマンは優秀で毎日変装して店内を回っていました。ある日、ストリートガールに声をかけられました。
「Kさん、この店内で商売している女がいますよ」
本屋って都市そのものです。まあ、そういうコンセプトで棚つくりをしていましたが…。