You can keep it

保坂和志さんが保板で「まだ動悸が治まらない」っていう尋常でないカキコをしている。河出文庫化された綿矢りさ『インストール』に掲載された書き下ろし短篇『You can keep it』を読んであまりの登場人物たちの実在感って言うか、「彼ら、彼女らが実在しないことが不思議です。」と珍しく感情を吐露したコメントをしている。実を言えばへそ曲りなところのある僕は綿矢さんがあまりにもマスコミに文学とは別のところで騒がれ過ぎたので、読んで見る機会を逸したのです。今、ようやくにして初体験で読みました。僕がああでもない、こうでもないと、言うよりは、この文庫の解説を書いている高橋源一郎さんの一言、「完璧!」を贈ります。
下記の引用は高橋さんも引用している部分です。黙読、音読すれば綿矢さんの文体がすんなりと体感出来る。

 まだお酒も飲めない車も乗れない、ついでにセックスも体験していない処女の十七歳の心に巣食う、この何ものにもなれないという枯れた悟りは何だというのだろう。歌手になりたい訳じゃない作家になりたい訳じゃない、でも中学生の頃には確実に両手に握り締めることができていた私のあらゆる可能性の芽が、気がついたらごそっと減っていて、このまま小さくまとまった人生を送るかもしれないと思うとどうにも苦しい。もう十七歳だと焦る気持ちと、まだ十七歳だと安心する気持ちが交差する。この苦しさを乗り越えるには。分かっている、必要なのは、もちろんこんなふうにゴミ捨て場へ逃げ出すのではなく、前進。人と同じ生活をしていたらキラリ光る感性がなくなっていくかもなんて、そんなの劣等生用の都合の良い迷信よ、学校に戻ってまたベル席守ることから始めなさい!光一口調で自分を叱ってみたが、しかし、やっぱり私は動けなかった。自分にほとほと呆れ、仰向けになってさびれたコンクリートの四角の切れはしからのぞいている暮れかけの空を見上げる。
 光一の言葉、時々母にも言われる言葉を思い出した。
 あんたにゃ人生の目標がないのよ。ー『インストール』24〜25頁ー

 老成したから書ける、そのような文体ではないでしょう。十七歳だから書けるというものでもないでしょう。でも、綿矢さんという少女が書いてしまったというのも事実です。
 二十五年前十七歳の少年、少女たちもこんな問いを発しています。

あなたにあなたに私たちにとって17歳とはなにか。ひとつの年齢としてではなく、ひとつの象徴としての17歳を、私たちは積極的に選びます。17歳を「青春」といった単語で理解し去ることを、私たちは拒否します。さらに「人生において最も素晴らしい季節だ」などとしたり顔で語る老人をも拒否します。[…、]ー『十七歳からの告発。しかし…からの出発』よりー

 『十七歳から告発する…』は絶版ですが図書館で資料として置いているところが結構あります。興味ある方は読んで下さい。このブログの画像提供の榎本香菜子さんも書いています。勿論、十七歳の時(笑い)、十七歳は確かに一つの象徴として、それ自体で物語性、文学性を帯びる、そのような神話性の土壌の中で「ふと、言葉が」生まれ、作品となる。そのような天才の時間を今、綿矢さんは内蔵しているのかもしれない。そして言葉の糸を吐く。

 「あいつ、やたらくれるな」
 保志が腕時計をつけると、細い革ベルトの華奢な時計は腕にめり込み太い手首を締めつけて今にもはじけ飛びそうになった。
 そう言う三芳もつい最近もらった香水をつけてきている。城島くん今日つけてる香水いい匂いと言ったら、気に入ったらあげると言われ内心喜んだのに、ああでもこれは男物だから三芳さんはつけないかと付け加えられて、いい匂いに男も女も無いよ、うっとりするのはどちらも同じじゃないかな〜と熱心に言ったら、次の日香水瓶ごとくれたのだ。ほとんど新品だった。
 「おもしろいよな、褒めただけでくれるなんて。こんな事して、あいつに何の得があるんだ?」
 「さあね」
 ー『you can keep it』の冒頭ー

 城島くんは男、女を問わず、やたら、ものをあげる。まあ、僕も結構、人にものをあげるのが好きで、その気持ちがわからないものでもないが、その屈折度がリアルで残酷であり、だけど微笑ましくもある。彼の恐らく自己防衛のための他者との折り合い、目くらましのツールっていうか、そんな贈物のやり方が、綾香を目の前にしたとき、失敗をやらかす…。でも、それは…、