「花つみ日記」

 1939年制作の映画『花つみ日記』を観たのですが予想以上に画質が綺麗でリメイクの技術はスゴイです。73分の白黒ですが、物語は女学生の友情物語、ゲストトーク川本三郎が上映後に僕より年輩の人が沢山いらっしゃっるし、大阪のことはあまりしらないので、教えて欲しいと質問すると観客席から四、五人の方が手を挙げました。
 昭和13、4年頃ですね、ある人は舞台となった花街・宗右衛門町に当時から住んでいて今も住んでいると、あの御茶屋は富田屋とか、着流しでこられた古老は監督の石田民三は実写をよく撮っていてお茶屋内での鳴り物入りは大和屋とか、みなさん次から次へとワンシーンごとに自分の体験と重ねて説明してくれる。
 生玉神社、御堂についても「北御堂」、南御堂の説明を川本さんにしてみたり、東京の人がよく間違うのですが、堂島川でなくて大川です。大阪城を望んで橋の欄干で高峰秀子と清水美佐子の女学生が乙女心の胸騒ぎを交感する印象的なシーンとか、少女小説の世界ですね、川本さんはもう失われた世界と仰っていたが、この吉屋信子の世界を引き継ぐものに嶽本野ばらがいるではないかと思いました。
 検索すると、国書刊行協会で嶽本野ばら監修で吉屋信子の作品が出版されていました。失われているどころか、少女小説ライトノベルというかたちをかえて、又は少女コミックで様々な分野に枝分かれして今の時代に脈々と受け継がれている気がします。宮崎駿だってそうでしょう。新訳なったナバコフの『ロリータ』はこの国では色々な文脈で使用されており、ナバコフと離れて「ロリータ」という言葉自体が色眼鏡で肯定的には捉まえられていませんが、野ばらの「乙女心」はそんな事件性を感じさせない「大正・昭和初期のロマン」の香りがするといいましょうか、当時の宝塚少女歌劇スターであった葦原邦子が女学校唱歌ですか、劇中で歌うのです。音楽映画の趣もありました。
 この女学校はどうやら今の大阪女学院らしい。当時はウヰルミナ女学校と呼ばれたミッションスクールです。
 手を挙げた老婦人が私が女学生の頃、ロケ隊が学校に来てよく覚えていると言う。下駄箱も懐かしかったと思い出して色々語ってくれました。皆さん70代後半から80代でしょう。こういう記憶は聴き手も興奮させる。今いる老婦人がさっき見た映画の女学生だったんだと、当たり前の事実にびっくり、老母より少し若いでしょうね(笑い)。
 川本さんは一生懸命メモしていました。かような瑣末は意識して採録しないとすぐに忘れ去られてしまう。教会も今の玉造教会みたいです。着流しの古老がウヰルミナ女学校に間違いないがただ劇中の設定は帝塚山女学院ではないかと解釈してくれました。まあ、物語の構成上そのような作為は加えられているでしょう。しかし、高峰秀子が先生の葦原邦子に誕生日祝いに贈ろうとして東京からの転校生清水美佐子との友情が破綻した人形はテンプル人形で当時大阪のいとさんの間で流行していたと言う。シャーリーテンプルが子役で大活躍したのです。
 そんな時代でしたが清水美佐子の兄に召集令状が来る。出征兵士となった友達の兄に千人針を戎橋に立って行き交う人に一刺し縫って貰う。僕はてっきり心斎橋かと思ったが古老は当時の心斎橋は閑散としていた。あれは戎橋と教えてくれました。
 何か、今日観た映画は色々と勉強させてもらいました。古い映画をリニュアールして年寄りと一緒に鑑賞するなんていいものです。そんな企画をテーマに上映会をするのもいいかもしれませんね。

追伸:富田屋のことが気になっていたので調べたら、大阪日日新聞『森琴石と歩くおおさかの町』という記事がありました。
 しかし映画でそのころの大和屋や富田屋だと思いますが若い芸妓集が稽古している場面が効果的に撮られているのですが、松岡正剛さんの『千夜千冊・武原はん一代』にそのものずばり、武原はんを通して花街・宗右衛門町について書かれていました。それによると、大和屋は芸妓学校をやっていたんですね。
 武原はんは14歳で芸者になり、20歳で大和屋を離れたのです。そして自立の道、自前の芸者になろうとした。松岡さんによると、関東大震災の年で、大杉栄が虐殺され、朔太郎が『青猫』を問うたそんな時代です。それから東京に出て青山二郎に会い……、続きは松岡正剛HPで見てもらいますか、大和屋芸妓時代の写真がありますね、映画の中の芸妓たちにソックリ。この映画について松岡正剛さんに語ってもらえば又新しい発見があったかも知れない。
 そうそう、高峰秀子が芸者たちと連れ立って信貴山に登るのですが武原はんの御嶽山詣りも有名ですね、まあ、そのあたりにも「はん」のイメージとダブルところがありましたね、川本さんは樋口一葉のみどりさんに重ねたけれど、やはり「はんさん」でしょうね。

武原はん一代伴先生 (吉屋信子乙女小説コレクション)夫中原淳一 (平凡社ライブラリー)いまなぜ青山二郎なのか (新潮文庫)オンライン書店ビーケーワン:樋口一葉「いやだ!」と云ふ