柴崎友香の「その街の今は」

 新潮7月号の巻頭小説(190枚)は柴崎友香の『その街の今は』ですね、ミナミの方はあまり土地感覚がないのですが、特に東心斎橋周辺は皆目見当がつかない、それでもこの小説は面白かった。風景が立ち上がってくる。大阪ことばのやりとりが動きのある地の文を生き物めいた質感を刻み、文を読むのではなく、五感で鑑賞すると言った受容の仕方がこの作家に対する接し方なんだろうと改めて思ってしまう。それはそうと、僕は柴崎友香のポートレイトを見たことがなかったのですが、こちらの読売新聞社の記者である山内則史の書評記事『場所やモノに宿る記憶』(本よみうり堂)に柴崎さんの画像が拡大アップされますね、柴崎さんの書くものと、柴崎さんが殆ど違和感がないというか、画像を見て凄く既視感があるのは、多分、今までの柴崎さんの作品でそっくりな人を無意識に想像していたというか、それとも今現に目にする柴崎さんの写真を拝見して記憶の再構成を瞬時にやってしまい、ず〜と昔から知っていたような人だなぁと思ってしまうのでしょうか、僕のブログ名は『歩行と記憶』ですが、柴崎さんの作品に流れるものもそのような時間をつぶす空間の再現か、記憶ではないか、とみきちさんが柴崎友香の引き出しを作っていますね。
 ◆そう言えば1939年制作の大阪を舞台にした『花つみ日記』は貴重なフィルムで、映画上映後に川本三郎さんが講演して、川本さん、舞台の方からこの白黒の映画に登場する風景、建物に心当たりあるかたがいらっしゃるのではないかと逆に質問したら、80歳過ぎを思われる年配の方達が手をあげ、ロケ場に使われた女学校は私の通った女学校だとか、ヒロインの高峰秀子にも会いましたとか、空襲で焼ける前の心斎橋、宗右衛門町あたりのスクリーンに登場する街並木、生玉神社とか、御茶屋さんとか、着流しのお爺さんが思い出を懇切丁寧に説明してくれました。川本さんも、僕と同年だから、そんな戦前の風景は不案内です。思わず身を入れて聴いてしまいました。『その街の今は』の歌ちゃんは古い大阪の写真を集めるのが好きというちょっぴり変わった女の子なのです。柴崎さんはこの映画を見たのだろうか、先日の上映会が関西で初めて公開された幻のフィルムだということで、会場は盛り上がりましたね。この小説を読んだらもういちど映画『花つみ日記』を見たくなりました。近代フィルムセンターに保管されているのでしょうね。高峰秀子のデビュー作です。原作は吉屋信子ですよ。
それから、山本嘉次郎監督『馬』で高峰秀子が出演するのですが、お母さん役は竹久千恵子で助監督は黒沢明ですよ。昭和16年か、東宝黒沢明はクレジットでは製作主任ですね。