動画でゴン、本文で感動!

 ■追記秋山庄太郎原節子・同級生
 ブックオフで、帯付きの秋山庄太郎著『麗しの銀幕スタア』(小学館)を105円で見つけたので買ってしまった。偶然、原節子の動画をアップしたら、このような本にお目にかかるのも、不思議な気がする。
初っぱなからこう書いている。

 原節子に恋をした。彼女は16歳。僕も16歳。出会いは日活映画『ためらふ勿れ若人よ』(昭和10年)。
 <こんな美しい人が、本当に存在するんだろうか>
 その時、イメージしたのは、薔薇の花だった。華麗でありつつも、どこか清楚な佇まい。晩生な僕が、「女と花」を結びつけたのはこれが初めてだった。爾来、熱に浮かされたようにその面影を追い続けた。『緑の地平線』、『女の教室』、『嫁ぐ日まで』等々。彼女を撮りたい、という気持ちは次第に募ってゆく。
 そんな永年の想いは、戦後になって叶えられた。近代映画社に入社したことで、昭和22年の名作『安城家の舞踏会』の撮影現場に立ち会えたのだ。華族令嬢を演じる原節子は27歳。その“実物”は、戦争をのりこえて益々輝いていた。僕は夢中でシャッターを押した……が、想いに反して意に適う画が撮れない。スタアにはつきものの、宣伝部員だのマネジャーだのの取り巻き連が、何やかやと口を挟み、綺麗綺麗なポートレイトばかり要求するのだ。
 これが現実なのか、と中っ腹で大船撮影所を後にしたが、帰りの電車の中で、原節子本人と鉢合わせしてしまった。彼女が話かけてくる。
 「映画界って好き?」
 「性に合いませんね。ああ外野がうるさくちゃ、良い写真は撮れない」
 「私も同感。話が合うわね」
 この短い対話でふたりは肝胆相照らした。驚いたことには、彼女は狛江の自宅の地図まで渡してくれた。自宅で撮影をさせるなど、金輪際ない人だと聞いていた。しかも初対面で駆け出しの僕に……。夢のようだった。華やかな外見とは裏腹に照れ屋で淡泊な気性の原節子は、見えすいたお世辞が大の苦手。巷間伝えられる写真嫌いも、自然のままの自分を撮って貰えない不満の所作だった。小津安二郎作品の貞淑なヒロインより、『東京の女性』や『わが青春に悔いなし』での、自我を持った近代女性こそ、素顔の彼女に近いだろう。
 天下はれて、“原節子番”となった僕は、自宅に頻々と出入りし、その魅力を思う存分フィルムにおさめ続けた。しかも撮影が終われば、必ずや彼女の手料理が待っていた。オムライス、野菜炒め……普通の家庭料理が、なんと美味しかったことか。手料理でもてなしてくれたスタアは、後にも先にも原節子ひとり。それに彼女はいけるクチで、随分とビールお相手もした。素敵だなと思ったのは、ロケ先の飲み代でも絶対に会社のツケにしなかったところ。「勘定は自前で」。その気っぷのよさが、爽快だった。

 秋山さんっちの愛犬の名前は「節子」だと言うことです。昭和37年、『忠臣蔵』を最後に引退。このコラムで最後に秋山さんは、「僕が未だに好んで薔薇を撮るのも、初恋の人、原節子へのオマージュなのかもしれない」と書く。手さえ握ったこともなかったんですって。

 昨日のエントリーは、イラチの僕の早とちりで、n−291さん佐々木敦さんのブログからの引用を、n−291さんとして引用してややこしくしてしまい、ご迷惑をかけました。さっそく、修正しました。 ところで、こんな面白い闘病記を知っていますか?保坂和志さんと共同でHPを管理している「がぶんさん」がひょんな事から病が発覚して闘病生活を送るハメになった。ネットならではの仕込みもあって、棒腹絶倒なのです。動画も面白い!昨日のミスのお詫びと言ってはなんですが、僕自身の闘病生活を思い出しながら、笑ってしまいました。
 600万円以上もかかる全歯インプラントをタダでやってもらうことだったのに、検査で思いもかけず脳腫瘍が発見されたのです。
【脳腫瘍手術一周年勝手に記念、短期不定期連載コラム(がぶん@@)】です。
一回目:http://www.k-hosaka.com/henshu/atama/atama1.html
二回目:http://www.k-hosaka.com/henshu/atama/atama1.html#nikai
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