リサイクル棚でもらった佐多稲子

いとしい恋人たち
佐多 稲子著
角川書店 (1981)
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 ★小谷野敦さんのお目出たい話は本当だったですね。祝!
 ■手に入れるのは難しいと思いますが、図書館のリサイクル棚で、佐多稲子の長編小説『いとしい恋人たち』(角川文庫)を読んだら、とてもいい気持ちになりました。1955年10月から翌年の4月迄週刊サンケイに連載されたもので、松竹映画にもなっているし、新劇の舞台でも上演されている。僕の小学校5,6年頃の時代背景だなぁと思うと、細かいディテールが色々と思い出されて、それも楽しいのですが、まだ、子供だったわけで、当然、佐多稲子の小説は読んでいないし、大人になって短編は読んだ記憶はあるけれど、一応、文学史的にはプロレタリア文学として整理されているから、なんとなく足が遠のいたのか、『素足の娘』などの長編小説も読んだことがなかったのです。
 この小説は三組の恋人たちが登場し、その周辺にも様々な人間模様があるのですが、とうとう、最後まで誰が主人公かわかりませんでした。だからと言って群衆劇ではなく、それぞれの登場人物のキャラが生々しく描かれている。みんなが主人公、みんなが脇役ですかね、最初登場した時は嫌なヤツだと思っていた兄ちゃんも、おばあちゃんも、段々と好きになりました。
 結局、この小説に登場したみんなが、それぞれに、生きているし、みんなをいとしい気分にさせてくれるわけ。諫早から上京して、夜学に通う咲子は正月さえ帰郷できない貧しい暮らしですが、(出版社に勤め、月給は9千円です)でも、学ぶことをやめようとしない自尊心の高い女の子です。彼女の立ち位置は、この小説の中で語り部の役割のような感じもしますが、彼女が堂々の主人公とも言ってもいいような気もします。
 読後で、気分が良くなったのは、半世紀前の物語なのに、未来に開かれているっていった風通しの良さもさることながら、細々かもしれないが、今の時代にも繋がっているし、これからもつながっってゆくだろうと言ったささやかな希望です。咲子のような女の子は、今でもいますよ。
 しかし、当時すでに、週刊サンケイってあったんですね、こういう小説が週刊誌に連載されていたんだと、改めて、そのことに驚きます。
 学ぶことの好きな咲子の連想なのですが、NHKのクローズアップ現代で、今夜ポスドク特集がありましたね、ポスドクの受け皿が少なくなったという話ですが、理系のポスドクの話題に終始していましたね、文系のポスドクは、一体どうなっているのだろうかと、思ってしまいました。
 そう言えば、保坂和志さんのエッセイで、平安朝文学専攻の大学院生が「白玉ぜんざい」を目の前に「私は生まれる時代を間違った」という一言で涙が止まらなくなった女学生の話がありましたね、
 文系のポスドクには、それでも、やりたいんだという狭くて深い穴を掘削する宿命に憑かれたものがあるのかもしれないが、カネに還元できる回路が少ないけれど、そのような人たちを敬意を持って接することの出来る世間であって欲しいと思う。
 参照:「ぶらぶらおじさん」http://web.soshisha.com/archives/world/2006_0427.php