オウム

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 加賀乙彦さんの文章から…、森達也さんのブログより。

 (略)
拘禁反応は環境を変え時間をかけて治療すれば治る病気だ。かつて東京拘置所で彼と同じ症例を4例見たが、投薬などで治すことができた。 治療すれば、首謀者である彼の発言を得られた可能性があっただけに残念だ。

結局、松本死刑囚から何一つ事件についてきちんとした証言が得られないまま裁判は終結した。 このまま死刑が執行されれば、真相は永久に闇に葬られてしまう。オウム事件の裁判ほど悲惨な裁判はないと思う。 世界的にもまれな大事件を明らかにできないままでは、全世界に司法の弱点を示すことになる。

なぜ松本死刑囚に多くの若者が引きつけられ、殺人行為までしてしまったのか。 信者の手記など、文献をいくら読んでも私には分からない。 教祖の自白がなければ、なぜ残酷なことをしたのか解明もされず、遺族も納得できないはずだ。

「大勢を殺した人間は早く死刑にすべきだ」という国民的な空気にのって、裁判所もひたすら大急ぎで死刑に走ったように感じる。 だが、真相が闇の中では「同じような事件を起こさせない」という一番大切な未来への対策が不可能になってしまう。 再びオウム真理教のような集団が生まれ、次のサリン事件が起こる可能性も否定できない。 形式的には裁判は終わったが、彼らを死に追いやるだけで、肝心な松本死刑囚が発言しないでいる今、あの事件は解決したと思えない。
                               
                                2011.12.1 森達也