ヘンリー・ダーガー

◆彼(1892〜1973)にとって、この絵の中が棲家であり、リアルそのものである。分析を拒否する。この絵によって様々な批評、分析がなされているが、彼は公表されることは、これっぽちも考えていなかった。彼は幸福だったか?幸福だったと思う。不幸であったなら、世間に公表される野心をもったであろう。日々描くこと、書くことで充足していた彼は充分、幸福であったと思わざるを得ない。彼の編んだの王国は歓喜の歌で満ちている。彼はこの国に遊ぶために、ヴィヴィアン・ガール物語を生み出した。確かに斉藤環の『戦闘美少女の精神分析』という文脈で、ヘンリー・ダーガーは語られるみたいですが、そんな精神分析医や「おたく」、「萌え」、「キャラ」とか、かようなトッピングのテクニカル・タームでヘンリー・ダーガーの作品を鑑賞すると、この素晴らしさを味合うことが難しい。
◆実際のダーガーは「不遇のアーティスト」っていう意識は全くなく、清掃の仕事を終えて、毎夜、「歓びの王国」の制作に勤しんだというだけであろう。公表するなんても、考えてもおらず、こんな風にして、偶然が重なり、色々な国で自分の「王国」が鑑賞され、人々を勇気付ける。そんな僥倖を想像すらしなかったであろう。もし、この世に王国が存在し得るとしたら、ヘンリー・ダーガーの王国こそ、それに相応しい。そんな王国を持っている人が市井に隠れおおせているのではないか?公表されることを望んでいないにもかかわらず、ただ、ただ、描き、書く人が…。ネット上でも、ヘンリー・ダーガーを語る熱い言葉が行き交っていますが、男と女と言えば御幣がありますが、どうも、男どもはダーガーの少女を自分なりの妄想の檻に閉じ込めたがっている。