小津映画に登場する風貌の人

テアトル梅田で映画『珈琲時光』を観ました。台湾の映画監督なのに、侯孝賢の映像は僕の中に染み渡りました。荒電の傍、王子、山手線駒込駅傍に何十年と住んだものにとって、シーン毎に触発される<私的>な映像が重なって、思わず目を閉じてみたくなる誘惑にかられました。目を閉じても映像は消えない。
 陽子(一青窈)はフリーライターの仕事で台湾から帰り、豊島区の雑司が谷のアパートで暮らしている。荒電鬼子母神前雑司が谷の間辺りに住んでいるみたい。ファーストシーンは、電車が走り、このアパートでエアコンのない扇風機が回る部屋で台湾から帰ったばかりの陽子が洗濯物を干している。携帯が鳴る。彼女は相手に昨夜見た夢の話をする。やがて、陽子はこのチンチン電車大塚駅まで行き、山手線に乗り換えて、御茶ノ水で下車、神保町の古本屋に向かう。神保町の交差点の近くに白山通りに面した実在の古書店「誠心堂」がある。浅野忠信演じる肇はこの古本屋の店主である。陽子は江文也という台湾出身で戦前の日本で活躍した作曲家のことを調べており、肇はその資料探しに協力しているのです。電車マニアの肇への台湾土産は台湾の鉄道開局記念の時計である。肇はさっき、陽子がした夢の話なのだが、どこかで、聞いた事がある。キーワードは“コブリン”、“チェーンダリング”、資料を探してみると、肇は、後日、洋絵本を見つけ出す。そこには陽子がみた夢が描かれている。ここは、ちょいと、ネタバレになるので寸止め。
小津安二郎生誕100年を記念して台湾の監督が21世紀の『東京物語』を撮影したのですが、全然、違和感がないどころか、ぼくの感性にぴったりはまりました。アパート住まいで、近所に土産を届けたり、ちょいと、酒、醤油を借りたりする場面で、多分、若い人たちは“へ〜”と思ったりしたと思いますが、下町のアパート暮らしでは別に珍しくない。でも、今は、風呂なしアパートに暮らしているのは、外国の若い人が多いですね。日本の若者は1DKのマンションに住んでいる。だから、銭湯の体験もあまりないでしょう。ぼくの居たアパートも日本の年金生活の老人達と、外国の若者達といった奇妙な構図でした。でも、こんな下町は好きでした。堀江敏幸が王子を舞台にした小説“いつか王子駅で”を書いているが、是非とも、侯監督にこの小説を原作にした映画を撮って欲しいと思いました。このカメラなんだ、この撮影スタイルでこそ、下町が描ける。
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