カナイさんの手料理を食べてみたいですね

金井美恵子は書評家を万引き呼ばわりする。別にぼくは書評家でもなく読者のひとりなのだが、こんなブログでも、本書にコメントしようとすると、緊張する。あの真ん丸いギョロ眼と少年みたいな断髪は振り乱すなんてことは有り得ないが、辛辣な声が本の向こう側から聞こえそうで身構えてしまうのです。
こんな前振りで、金井さんのことを『葉っぱがアフォード・阿呆ダンス』のブログに書いていますが、こちらと向こうのブログとか、入り組んでしまい、みなさんにも御迷惑をかけていると思いますが、僕自身、引き出しが乱雑になってしまいました。それで、出来る限り、千人印の人名録として整理しやすいものは、こちらに徐々に引越しをしようと思います。無理やりこじつけて標札をつけるといった作業です。元ネタは『葉っぱがアフォード〜』ですので、一度、ロムしたことがある人はどうぞ、勘弁して下さい。
『文章教室』が福武書店から単行本発行されたのが、1985年で、初出は「海燕」(1983〜4年)である。作者が執筆を開始したのは東京デズニーランドが開園した年である。映画ではジャームッシュの『ストレンジャー・ザン・パラダイス』、ヴェンダースの『パリ・テキサス』、『アマデウス』、『風の谷のナウシカ』等、と、松岡正剛の『情報の歴史』年表を読めば、[「柔らかい個人主義」・「新中間大衆の時代」]とスレしているが、怪人20面相による江崎グリコ事件が起きた年でもある。そして、いまだに、未解決で、時効が成立。あれから、20年経ったのです。浅田彰の『構造と力』と、世の中、バブルであり、ポストモダンであり、そんな『おいしい生活』を背景にした目白物語なのです。

  • リアルタイムで読んでおらず、バブル崩壊、オウム、震災、911を経て、今、読んでみてあまりの面白さに、金井美恵子の底力に思い知りました。単なる風俗小説なら、色褪せて今のリアルさを感じはしないのですが、全く時代背景が違うのに2004年の目白だと言われても信じてしまう。しかし、金井さんのこの本を今まで読んでいなかったのは、タイトルの『文章教室』に目くらまされて、20年間も通り過ぎたのだと思う。本書は『道化師の恋』、『タマや』、『小春日和』と並んで「目白四部作」と呼ばれるらしい。他の本は読んだり、捲ったりした記憶はあるのですが、『文章教室』は触りもしなかった。そのぼくが触ったのは図書館の新刊棚にあったので、新刊と間違って捲ったら面白くて止められなくなったのです。ラッキーミスなのです。

そういうわけで、単行本の「帯」には、もちろん大きな字で「長編小説」と書かれていたのですが、幾つかの証言によれば、小さな本屋の店頭では「実用書」の棚に置かれていたそうで、それは、私の処女小説集『愛の生活』が、「セックス関係実用書」のコーナーに置かれていたという証言(友人の目撃談及び読者からの手紙)とも重なり、「小説にとってはタイトルは決定的に重要だ」という文章読本的教訓を得られそうです。そして、この場合「タイトル」というのは、本のタイトルだけではなく、小説家たる著者の有名度ということになるのではないでしょうか。

だから、あながちこの本と20年間出会わなかったのは、ぼくのアンテナがおかしかっただけではない。でも、当時、読んだらどうであったろうか?今現在読んだらこそ、感銘したのではないか?まるで、20年も寝かせたから美味しくなったワインみたいだという評価も成り立つ。小説家も文庫化にあたり、ほぼ10年ぶりに読みかえしているのですが、抜けぬけと言ってのける。

作者である私が思ったのは、「傑作」というか「ケッサク!」という言葉でした。ですから(それほどの小説ですから)、私はこれが誰か別の作者によって書かれていて、それを始めて読む読者でありたかったと、溜息をついたほどです。作者であることも、そう悪いことではないのですが、自分以外に作者の書いた本当に面白い小説を読みたい、という願いが、なかなか、かなわない、というのが、作者である私の自惚れで、作者の自惚れを含めて、[……]

と、1999年3月あとがきに記している。
2004年に遅れてきた新しい読者のひとりとして、「金井さん、久し振りに、何十回となく笑わせてもらいました」、泣く小説は巷に溢れて涙の洪水に嫌になるほど、浮かんだり消えたりしていますが、「笑える小説」を書ける現役作家は果たして何人いるのでしょうか、本書に登場の「中野勉」に訊いて見たいです。中野勉は文中で『マリ・クレール』の安原さんに書評を頼まれるのです。「現役作家」のカルチャースクール『文章教室』に通う佐藤絵真ノートからの引用と、公刊されているテキストの引用を地の文にパッチワークしながら、物語が進行する。絵真の娘が桜子で、その結婚相手になるであろう大学助手で若手の学者で映画鑑賞する時も、分類用カード持参でメモする批評家でもあるのが中野勉です。この人誰かに似ているなと、思ってしまいました
目白雑録 (ひびのあれこれ)「競争相手は馬鹿ばかり」の世界へようこそ待つこと、忘れること?愛の生活・森のメリュジーヌ (講談社文芸文庫)