人間の命 風の旅人 (Vol.15(2005))

『風の旅人』の最新号15号が発売されましたね、特集は『人間の命ー死を超える生ー』です。白川静さんの巻頭エッセイによると「命を立つる」とは、所与的な命を主体的なものに転換することである。
「夭寿貳(うたが)はず、身を修めて以て之を俟つ」、
歴史的文脈で主知主義から主意主義へと言っているのでなく、命の文脈で主意(主体的なるもの)主義を当然のこととして語る。
僕のブログで取りざたされた正高信男さんの「ことばの起源(後編)」は前編に続いて凄く面白かったです。やはり、自分の領分で語ることは説得力がありますね。小説家は小説で語って欲しいのと同じことです。(後藤さんにオススメ)
 それから、保坂さんの「<死>を語るということ」をちょうど読み終わったところです。

身体それ自身が思考するーーそういう時間を積み重ねることによって、<死>は生きているこの時間と案外ふつうにつながっていると感じられるのではないか……。

「死」は記号ではないのです。「小説」も記号ではない。
ぼくのこの身体とこのパソコンはいかように繫がるのであろうか、言語と身体との齟齬を、ぎこちなさをいまだに持ち続け、未解決のまま、いつか記号でない死に直面するのでしょう。
参照:方丈 - livedoor Blog(ブログ)