ヤスケンさん、何か言ってよ?

ヤスケンの海 (幻冬舎文庫)

ヤスケンの海 (幻冬舎文庫)

 毎日新聞3・10の『村上春樹さん生原稿流出』、[「氷の宮殿」翻訳古書店で100万円]、ー元編集者が無断で自宅へー、というタイトルが目に飛び込みました。何故、今頃になって、というのが僕の素直な感想です。『文芸春秋』4月号に村上春樹さんが『ある編集者の生と死ー安原顕氏のこと』として、直筆原稿が村上さんに無断で古書店に大量流出していたことを明らかにした寄稿なのです。今日、さっそく僕は文春を読みましたが、肝心の村上さんの一文では何故、ヤスケンさんが急に村上さんと疎遠になったのか、そのヒントすら書いていないし、村上さん自身がキツネにつままれる状況であったと書くに留めているので、そのことと生原稿の流出との因果関係はわからぬが、そんなに理詰めに探訪してもヤスケンさんが彼岸の人になったからには霧の中であろうし、最も関係の深いと思われた古書店主もヤスケンさんを追うように逝去してしまった。
 当事者である村上さんだからもっと真相に迫ることが書かれてあるかと下司の勘ぐりをしたのですが、益々ヤスケンさんのことがわからなくなりました。僕がかような生原稿流出のことを知ったのは創刊された雑誌『en-taxi』(2003年刊)の坪内祐三コラム『記録の鞭。』(219頁)でした。もう三年前です。享年63歳でした。今の僕と殆ど変わらない、若かったんですね。

[…]去年の夏、かっての「海」や「リテレール」に載った作家たちの生原稿が多量に古書市場に流れた。特に村上春樹の手書き原稿は貴重で高値がついた。自分が口汚くののしっている作家の生原稿を売って金を得る神経を私は疑う。それが安原氏のアバウトな性格によるものだと言われたらそれまでだが、後世の文学史家(もしそんな人がいればの話だが)のために私がここで記録しておくのは、安原氏没後のどさくさでその多量の原稿が市場に出たのではなく、生前に氏が市場に流したという事実である。

 坪内祐三さんの物言いは痛烈ですね、僕はこのくだりを引用してbk1に村松友視著『ヤスケンの海』の投稿書評をアップしていたことを思い出したのですが、何て言うか、寝た子を起こすっというか、苦いものが胃の腑からこみ上げた感じですね。ただ、村上さんの文芸春秋の寄稿を読む限りではあれほど評価していた村上春樹を何故、急に罵るようになったのか、それが全く見当つかないし、生原稿を売る神経もわからぬ。ただ、そういう判断は村上さんと坪内さんの言い分しか資料がないわけだし、いくらヤスケンさんが声が大きいと言っても此岸に届きません。
参照:作家の生原稿が流出。献呈本も売却されているかもよ。 : ウラゲツ☆ブログ
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内田センセイの箴言「私が想像できる地獄の一つは無人島にモーリス・ブランショの小説とともに置き去りにされることであり、私が想像できる極楽の一つは無人島にモーリス・ブランショの評論とともに置き去りにされることである