フラット化する世界/隔離

「隔離」という病い―近代日本の医療空間 (中公文庫)フラット化する世界(上)フラット化する世界(下)ブックショップはワンダーランド
 ちょいとウィルスチェックのことで、調べたいことがあって、武田徹オンライン日記のアーカイブをロムしていたら、去年の6/4に『保坂和志』というエントリーがあり、脱線、寄り道いたしました。そこに書いていることですが、保坂和志をデビューさせた編集者が武田徹の『隔離という病』の企画を通してくれた編集者と同じだったというのです。まあ、その人は『隔離という病』で異動となり途中降板してしまったということ。のだが。この本は文庫になりましたね、先週、北條民雄の『いのちの初夜』(角川文庫)を読みましたが、『隔離という病』とこみで読めば理解がより深く広がるだろうなぁと思いました。

天皇制反対っていっているひとの多くが、自分が天皇になりたいか、天皇みたいものを崇拝してるんだよ」。80年代までの文学について保坂が言う。確かにキャッチアップしようとすると、ミイラ取りがミイラになる。反権力を謳う権力者のいかに多いことか。
負けるが勝ちどころか、勝ちも負けもそもそも存在しないスーパーフラット。そんなものが確かに90年代以降の風景なのかもしれない。嫉妬やルサンチマンもないけれど、夢も希望もない。それって寂しい? 寂しいという感覚すら忘れて久しい、そんな地平。
 9時すぎにヒルズの駐車場からクルマを出すと小雨が降っていた。信号待ちの間、けやき坂の夜景がにじんで窓ガラスに流れる。梅雨入りももうまぢかなのだろう。スーパーフラットというか、ポストモダンのイメージの一つに砂漠があったけれど、日本はなかなか乾かない。ランボーの砂漠と言うよりも南方熊楠の粘菌。小雨が煙っていた印象がある『ブレードランナー』の映画を唐突に思い出す。あれはしめっていたけれど粘菌っぽさは感じなかった。湿ると至る所に小さないのちが蠢き出すアジアっぽさまで描けなかったのはリドリー・スコットの限界? ーー武田徹Official Web Site--オンライン日記23(05年6月4日) ーーより

 梅雨が始まりましたね、大雨による地盤沈下のニュースは地震津波だけではないんだと、厳粛な気持ちになりましたが、都電荒川線の追突事故は考えられない事故ですね、僕もよく乗っていた電車です。しかし、気分が滅入るニュースが多すぎます。
 村上隆でないスーパーフラットオンライン日記ジャーナリストコースの広報(応募締切は16日です)をしていますが、今年の6/11の記事『黄金のデル理論』でトマス・フリードマンの『フラット化する世界 上・下』が取り上げられていましたね、駅前の小さな本屋を覗くと、この本が上下ともメンチンで四面陳列されていました。上の保坂さんのインタビューアー永江朗さんの新刊『ブックショップはワンダーランド』(六曜社)が雑誌の棚に表紙を見せて差されていました。なるほどね、画像が目立つのです。『フラット化する世界』は立ち読みしたのですが、すぐにでも読んでみたい本ですね、でも、読書中の本があるので、暫く待って下さいというところです。
参照:http://d.hatena.ne.jp/oiri/20060616#p1
2006-06-16