波にのって、載って、

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 新潮社のPR誌『波』六月号が部屋に転がっていたので読み出したらやめられなくなった。[佐藤優の『自壊する帝国』刊行記念特別対談]で手嶋龍一×佐藤優が『情報力』についてお互いに褒めあいながら、インテリジェンスオフィサーについて語るのです(苦笑)。まあ、この本は図書館に予約しているので、いつか、読むでしょう。
 しかし、[茂木健一郎小島信夫なる軟体動物と格闘して]は、えらい美文ですね、

 粘っこい何かが自分の心の襞の中に入り込み、むずんと自我の核を掴む。動こうにも、その思考の一歩を水飴のような抵抗が邪魔をする。読むということはとてつもなくやっかいな体験であり、時にはヘタって横たわりながらも、それでも「小島信夫をもう一杯!」と思わず叫ばずにはいられない。そんな習慣性や中毒性を持つ「質の悪い魅力」が『残光』という作品に向かい合う間中私を捕らえていた。

 批評を越えている。僕が書店員だったら、この一文を引用してPOPを立てるかもしれない。小島信夫をもう一杯!」とキャッチコピーにします(笑)。
参照:http://www.yurindo.co.jp/yurin/yurin5.html
 木田元の新連載『反哲学入門』が始まりました。木田さんは去年、胃ガンの手術を受けたのですが、闘病生活を通して素晴らしい作品を発表した日野啓三と自分とを引き比べて、第一回第一章[「哲学は西欧人だけの思考法」である。]を書き始めているのです。その枕から何故木田さんは「哲学」ならぬ「反哲学」について書こうとするのかと本論につなげる。

(前略)先ほど言ったように超自然的原理の呼び名は、さまざまに移り変わりますが、その思考法だけは連綿と承け継がれます。その発想法が哲学と呼ばれ、西洋における文化形成の軸になってきたわけです。
 十九世紀後半、ニーチェがこのことに気づきました。彼はもともと、古典文献学の勉強をした人で、その主要な研究テーマはギリシア悲劇の成立史でしたが、このギリシア悲劇の成立期は「ソクラテス以前の思想家たち」の活躍した時期でもあったので、彼の関心はこの思想家たちにも向かいます。
 一方でニーチェは、彼の時代のヨーロッパ文化がゆきづまりにきていると見て、その原因をさぐります、彼はその原因が、超自然的原理を立て、自然を生命のない、無機的な材料と見る反自然的な考え方自体にあると見ぬきます。ニーチェは、西欧文化形成の根底に据えられたそうした思考法が無効になったということを「神は死せり」という言葉で宣言しました。ここでは、神」とは「超自然的原理」を意味しています。そして彼は、万物をおのずから生成する自然と見ていたギリシアの古い思想を復権することによって、目前にあったヨーロッパ文化の危機を打開しようとしました。
 ハイデガーやメルロ‥ポンティやデリダといった二十世紀の思想家はすべて、多少なりとそうしたニーチェの志向を承け継ごうとしています。ニーチェにとって「哲学」は超自然的思考を意味しーーニーチェは「プーフトニズム(プラトン主義)」とも呼んでいますーー、その批判が彼のほんとうのねらいでした。つまり、彼は「哲学批判」「哲学の解体」「反哲学」を提唱しようとしていたのです。もっとも、「反哲学」なんていう言葉を使うのは、後期のメルロ‥ポンティだけですがね。
 こうした「哲学批判」「反哲学」なら、われわれ日本人にもよく分かるのです。超自然的原理を設立してものを考えるなんて習慣はわれわれにはありません。ですから、「哲学」を理解することはムリでも、「反哲学」なら分かるということになるのだろうと思います。
   自然的思考
 「ソクラテス以前の思想家たち」については、この人たちが「自然(筆者注:フュシス)について」という同じ題で本を書いたという、少しあやしい伝承があります。これが事実かどうかはともかくとして、この人たちの思想の主題が「自然」だったことは確かなようです。彼らにとっては万物が自然であり、超自然的な原理などまったく念頭にありませんでした。
 しかも、この「フュシス」という言葉が「なる」「生える」「生成する」といったような意味の「フュエスタイ」という動詞から派生したということから、古い時代のギリシア人は、万物は「成り出でたもの」「生成してきたもの」として受けとっていたということが分かります。
 こうした古代ギリシア早期の自然観は、万物を「葦牙の如く萌え騰る物に因りて成る」と見ていた『古事記』の古層に見られる古代日本人の自然観と深く通じるものがありそうです。そこに登場する「高御産巣日神神産巣日神」(筆者注:たかみむすひのかみ かみむすひのかみ)といった神名にあらわれる「ムスヒ」も、「ムス」は苔ムス・草ムスのムス、つまり生成のことであり、「ヒ」は霊力・原理のことであって、生成の原理を神格化したものです。
 古代ギリシア人や古代日本人の自然観は、アニミズムの洗練されたもので、そう珍しいものではありません。こうした自然観のもとでは、自分もまた生成消滅する自然の一部にすぎません。人は、自然のなかから生まれ出て、また自然にかえっていく存在と考えられていたにちがいないわけで、その中で、自分だけが特権的な位置に立って、自然のすべてが何であるか、と問うたり知ったりすることができる、などという事を考えることなどないでしょう。そのような「自然」を芭蕉は「造化」と呼び、その中で人間にできることは「造化にしたがい、造化にかへ」(「笈の小文」)ることだとしています。
 超自然的原理を設定して、それを参照にして自然を見るような考え方、つまり哲学を「超自然的思考」と呼ぶとすれば、「自然」に包まれて生き、その中で考える思考を「自然的思考」と呼んでもよさそうです。わたしが「反哲学」と呼んでいるのはそうした「自然的思考」のことなんです。
 だから、「哲学」といっても、ソクーフテス/プラトンのあたりからへーゲルあたりまで。いわゆる超自然的思考としての「哲学」と、ソクラテス以前の自然的思考や、そしてそれを復権することによって「哲学」を批判し解体しようと企てるニーチェ以降の「反哲学」とは区別して考える必要があります。それを一緒くたにして考えようとするから、なにがなんだか分からなくなる。
 しかし、それを区別して考えれば、超自然的思考としての「哲学」には決定的に分からないところがあるが、ニーチェ以降の「哲学批判」「反哲学」ならわれわれ日本人にもよく分かるということが分かってくる。といっても、いわゆる表現の問題ではなく、考え方の根本に関してなのですが。つづく(『波 06年6月号20頁』より)

 単行本になったら絶対買います!「哲学」ならわからないけど、「反哲学」ならわかりそうな気がします。僕の身の丈に合います。