振り込め詐欺の声(記憶)

中井久夫の『日時計の影』から付箋。(p29~30)

 私が使う記憶の再生方法は「キーワード」法である。最初は自分に対して行った。私は自分に対して「思い出せ」と命じて、思いつくかぎりのキーワードを与える。イメージがあればそれも与える。なぜか記憶が浮かび上がってくるのはほぼ二時間後であることに早くから気づいていた。これは超日周期と関係があるのだろうか。その他、ふっと問題を忘れてしまった時に眠って醒めた翌朝である。「思い出せ、思い出せ」と自分をせき立てて思い出すことはあるが少ない。自分以外の人をせき立てても同じだろう。
 聴覚にも相貌性がある。特に声と聴く耳とには「鍵と鍵穴」の関係がある。馴染んだ人の声は何十年後でもそれとわかる。これに対して未知の人の声は未知だと判断することは難しい。
 電話による振り込め詐欺が成立するのは、未知の声を既知の誰かの声に寄せて解釈しようとする脳/精神の働きかもしれない。電話も、かってのテレビが一本置きに走査線を間引いていたように、意味が通じる程度まで間引いているかもしれないと想像してしまう。

 前にも書いたNHKドキュメント特集で「振り込め詐欺」で被害にあったお年寄り夫婦が息子の声にソックリだったと言っていたが、そんな風に声の走査線を間引いて「聞きたい声」に意味づけ解釈をしてしまうのだろうか。
 この相貌的記憶は、視覚(容貌・顔)、触覚、運動感覚にもある。中井さんは欧米人が挨拶の際にほんとうに唇と唇を合わせてキスするのが不思議であったが、これも相手に記憶を残すためかもしれないと書いていたが、なるほど、嗅覚と触覚、特に皮膚粘膜移行部は聴覚、味覚と同じく「鍵と鍵穴」的な感覚でしょう。最近、僕は顔音痴も進行しています。身体接触なく記憶するのは確かに難しい。ネットはその最たるものだろう。紙媒体で読む方が記憶に残りますね。