2003年の雑感/ライ麦畑のキャッチャー

ライ麦畑でつかまえて (白水Uブックス)神様のメモ帳 (電撃文庫)キャッチャー・イン・ザ・ライ
ライ麦畑でつかまえて』で知られるJ・D・サリンジャーが亡くなりましたねぇ。享年91歳。
主人公のホールデン・コールフィールドホールデン君はキャラ立ちどころか、生々しいリアル感があり、
サリンジャーが死すともホールデン君は生き続け悩み続けるだろうと言う実在感がある。
一方作者のサリンジャー自身が引きこもって、隠遁生活を送って表舞台に登場しなかったから、余計のその感があります。
そして、2003年に書いたものだから、もう七年前になるのですか?村上春樹が新訳『キャッチャー・イン・ザ・ライ』を上梓し、bk1にもたくさんの方がレビューアップしましたねぇ。懐かしい(http://www.bk1.jp/product/02273467/reviewlist/
僕のレビューを全文引用します。

アメリカ版【引きこもり】雑感
栗山光司2003/05/10 11:49:00

 僕が本当にノックアウトされる本というのは、読み終わったときに、それを書いた作家が僕の大親友で、いつも好きなときにちょっと電話をかけて話せるような感じだといいのにな、と思わせてくれるような本なんだ。とホールデンは君に語りかけるが、[君である私]はサリンジャーに「日本の引きこもりって知っていますか?」と電話したくなった。
 野崎訳を再読した時、日本だけの現象らしい「引きこもり」について考えなかったのに、村上春樹訳で思い浮かべたのは、新訳が「内面の葛藤」に重心を置いたメロディカルな文体であったためか。
 旧訳はロックのリズムに近い文体だったためか、街を彷徨く反社会的なパンク野郎を背景に想像して、「家出少年」には結びつくけど、「引きこもり」にはリンクしなかった(当時、引きこもりなんて言葉はなかった)。
 精神病院らしい施設から発信するホールデンの独白は、社会適応願望が過剰にまで強くて、完全さを求める余り、「大義のために卑しく生きる」ことが出来ず、「大義のために高貴な死を求める」無垢なる未熟さに満ちている。自己防衛のために日本の若者は引きこもる。私の引きこもり解釈と重なったのです。
 旧訳の投稿書評では、全く思い至らず、新訳で引きこもり少年の治癒過程の記述と読解したのは新訳の文体のなせる技が一番の因と思う。
 それに、「インチキ野郎」を「おぬし、なかなかの役者じゃーのう」と、むしろ、イカサマ氏の度胸に対して感心する日常を経たり、ホールデン君から金を巻き上げた黒人のエレベーター係に拍手したくなる作者の意図と違う読みをやってしまう海千山千の年を経たためであるか。どちらにしろ、ホールデン的イノセントを相対化して、大人の読解が出来る年になった事は間違いない。
 この独白的物語のキーワードは「インチキ野郎」である。両訳ともこの言葉を使っている。罵倒語として穏便である。仮に誰かに面と向かって言われても、「それが、どうした、おまえがアホなのよ」と、突っ込みたくなる。私の実体験では「イノセントな男」と言われた方がショックであった。「君って、大人だねえ」と言われてみたかった。逆に、どうしようもない大人を陰で「ガキじゃあ、あるまいし」と、どうやら、無垢なるもの=善、無垢でないもの=悪、と単純に割り切れない価値観の日常で生きてきた気がする。
 ホールデン君の立ち位置は、正音者になることを拒否して聾唖者になってみたい吃音者の贅沢な悩みに似ている。日本独自の引きこもり達は、日々ホールデン的呟きをひとりごちて、自己言及し、聴き手を求めているのかも。
 もし、君が耳傾ければ、それに似た叫びを聴取ることが出来るはずだ。
 【ライ麦畑のキャッチャー】になりたいなんて、日本版引きこもり少年の言いそうなセリフである。もう、インチキ生活に飽きて、余裕の出来た気障な大人も言ってしまうセリフでもあるけど…。
 ー僕にとりあえずわかっているのは、ここですべての人のことが今では懐かしく思い出されるってことぐらいだねー。春樹さんらしい濃密な記憶の優しさに包まれる。
 野崎訳では、僕にわかってることといえば、話に出てきた連中がいまここにいないのが寂しいということだけさ。クールだねぇ。
 村上節は泣かせる。俗情に結託した品性の卑しさはないけれど、そのスレスレのところで、書くことの出来る村上さんの芸が多くの読者を獲得する秘密かも知れない。
http://www.bk1.jp/review/0000208544 よりー

最近、2006年12月15日に収録された上山和樹氏のテープを再度聴いたが、上山さんのとまらないしゃべりに本書と重なる部分があると再発見しました。ホームレス支援雑誌『ビッグイシュー』で斎藤環氏と往復書簡の応答を行っていたが出版企画はないのであろうか?
でも、ライ麦畑のキャッチャーのお仕事は少子高齢化社会では、需要があるみたいですが、なりたい人は増えているのでしょうか?
追記:コメント欄にらむ山さんが、そこで改めて感じたことは、ロスジェネへの贈り物になりうるのは、社会学者の本より、たとえば杉井光ラノベ神様のメモ帳』かもしれない、ということです。ということで、書影をアップしました。詳細は↓のコメントを読んで下さい。