家庭の医学

レベッカ・ブラウンの本書は“bk1で書評”をアップしてますので、一部紹介します。

『体の贈り物』(マガジンハウス)と同じく訳者は柴田元幸である。柴田さんの日本語はしっとりと、情感があり、レベッカ・ブラウンは柴田訳しか知らないが、原作はどうなんであろうか。原題は“Excerpts from a Family Medical Dictionary”「家庭の医学からの抜粋」と章毎に医学用語をゲート・キーパー(門番)よろしく幟立て、口上のような定義を述べさせている。それはまるで、レベッカが母親の死を描写する時、溢れる感情を制御する門番を要所に立てる事によって、意識的に仕掛けを施した【枠】のように思える。《ホスピスの人たちと会って話をした翌日、家に医療用ベッド、ビニールシーツ、大人用オムツ、ラテックスの手袋、バケツ、スポンジ、錠剤、糞尿袋など、自宅で死ぬのに必要な品が届いた。》淡々と物々を描写するがそこから、母の記憶が立ち上がってくる。化学療法の副作用でbaldness(禿げ)になっていく章でちょっと、おしゃれをしようと、帽子の通信販売カタログを取り寄せ、ベレー帽などを注文して、レベッカの兄が来る前に帽子が着いてほしいと母は思う。あの子の前で古いスキーキャップなんか被るのは嫌だものね、ましてや禿げを見られるなんて、だが、結局、スキーキャップに戻ってしまう。カタログで注文した帽子はどれも、つるつるでぴかぴかの頭から眉のない目までずり落ちてしまい、形もくずれてしまうのだ。《キャップを脱ぐと、そこには剥げ落ちた皮膚の大小のかけらがびっしりくっついていた。クリームやローションをさんざん塗っているのに、皮膚もやはり剥げてきていたのだ。/化学療法をやめると、髪はまた生えてきた。亡くなったとき母の頭は、赤ん坊のように柔らかい薄いブロンドの髪に覆われていた。》抑制された文体だからこそ、哀しみが拡がる。最終章の「remains」は[1.死体][2.残されたもの]であり、兄は骨壺を渓谷の向こう側へ思い切り投げる。/壺が割れる音が聞こえ、それから、灰の残りが煙のように解き放たれるのが見えた。

『家庭の医学』というタイトルはぼくらにとって馴染みの深いもので、赤本と愛称されていた。三桁万で売れていたはず。今人気の電子辞書にも収録されているほどであり、恐らく、題名からレベッカ・ブラウンを想像した人は少なかったと思う。出版社の決断に驚きました。書名の最終判断は誰にあるのだろうか?映画もタイトルが大切ですね。
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