益々人文知が痩せ衰えるのか、

 前作『教養主義の没落』を引き継いだ丸山真男を中心とした戦後日本の社会論である、著者は去年京大を定年退職した学年で言えば僕より一学年上なので戦後の大衆教養主義の世代ではあるけれど、頭では教養という言葉に知的ファッションのようなカッコウの良さを感じて古典を手に取ったり、本屋で購入したりしたが、最後まで読了したのは本当に少ない、そんな貧しい読書体験でも丸山真男の代表作は何とか読んでいる。『現代政治の思想と行動』とか岩波新書『日本の思想』など、そう言えば岩波新書の新刊は必ずベストセラーで常連さん達がいて岩波新書というより岩波に対する信頼性は凄いものがありましたね、1960年代の本屋の店頭雑感です。岩波担当の同僚はシルク手袋をして棚作業をしていました。
 岩波新書なり、講談社ブルーバックスなりを自分の専門に関係なく、仕事に関係なく教養として発売されれば全点読むというスタンスのお客様も結構いました。そして又就職先として岩波、朝日、NHKは人気業種のトップグループで初任給もダントツに良かったのです。勿論、超難関の会社で採用基準は「教養人を求める」でしょう。そんな社会的な要請が一方であり、又、他方、学生運動が盛んになり、団塊の世代によって大学生の数が飛躍的に増え始め大衆が知識人化として背伸びし始めた状況でテレビ大好きの吉本隆明が丸山が忌み嫌う在野知識人の代表として絶大なる人気を博したのもこの頃です。岩波新書がベストセラーになる一方で勁草書房の吉本隆明著作集を僕は全点、平台に平積みしました。別に吉本ファンということではなく、吉本隆明も又売れたのです。
 そしてどんな事情かもわからないが、真偽の程はわからぬが丸山ゼミ生の出身の同僚がいました。当時、小売業で大卒を採用するところは珍しく、丁度大学紛争の盛んな折であったし、大学も閉鎖、宙ぶらりんの院生たちもいたし、本屋ということもあってか、オーナーの教養人としての臭みなのか、大量に大卒を採用したのです。昭和40年代の話です。恐らく第三次産業で大卒を大量に採用した魁だったでしょう。取次に商品を仕入れに行くでしょう、大卒なんて珍しい、本屋の給与は小売業の中でも最低レベルだったのに、そんなに悪くはなかった。多分、同じチェーンの玩具店で儲けていたからでしょうか、
 特に大卒の女の子の就職口は少なかったから、国立系・有名私大の女子が結構流れて来ましたね。何か本屋が知的雰囲気になったことは事実です。アルバイトの学生も面白い子達が集まり、読書人のお客様も巻き込んである種の知的空間が自然発生的にうまれました。まあ、そのような刺激を受けて僕は学生時代よりは少なくとも本を読み始めましたね。でも、そのような同僚、後輩もやめてゆきました。教員になったのが一番多かったと思う。教員として採用されても空きが来るまで待機中、その間の一年間位を本屋で正社員として働くといった合理的なものです。丸山ゼミ出身の同僚も大学に戻ってドクターコースを修了した。
 本書とあまり関係ないことを書きましたが、メルさんが『丸山真男の時代』をレビューアップしていますね、そこで、最後の段落を引用していますが、丸山以後の覇権型知識人は、知識人兼ジャーナリスト兼芸能人というトリックスター的知識人とするならば、ネットというツールは大きな力を持つでしょうね。

丸山は、大衆が知識人化への背伸びにつとめた大衆インテリの時代、活字ジャーナリズムがアカデミズムの力をもとに大衆インテリの媒体になった時代、そして法学部的知と文学部的知が交叉しえた時代、そうした時代の中で覇権をにぎることができたことがあらためて確認される。知識人兼ジャーナリスト兼芸能人であるトリック・スター的知識人の擡頭を丸山が嫌った文化人の芸能人化や芸能人の文化人化(『現代政治の思想と行動』「第一部 追記および補注」『集』六)の極北形態とみるか、そうした遍歴知識人やメディア知識人としての原型が丸山にあったとみるかについては意見がわかれるにしてもである。

 今、街の本屋の店頭で人文棚が特に痩せ衰えて寂しい状況ですが、アマゾンのようなネット書店では売れているみたいです。何故かという一因は過去ログにも書いたように人文書の書評の取り上げは結構時間がかかる。数ヶ月でしょう。となると、丁度、新刊委託期限が切れる頃だから、取次に返品されて店頭に本がない状況が生まれるわけです。僕なんか街の本屋で新刊を購入する時、棚になくて念のため返品棚を確認したらと言って、返品寸前の本を購入したことがありました。そういうことは珍しくない、それで、客注と言うことになるわけですが、ネットならそういうことが殆ど有り得ない。アマゾンでは販売数量ランキング10万以下のニッチ商品がセールスの4割を占めていると言う。人文書って大体10万以下ですもんね、このエリアで街の本屋と差異を設けてビジネスをしているのも事実なのです。もし、「なかみ検索」の点数が増えれば読者としては人文のような小部数本はネット依存が大きくなるでしょうね。双風舎の『限界の思考』は単店舗ではアマゾンがダントツの売上げらしい。
 本のことを書くつもりが本屋の話になってしまいました。双風舎のleleleさんによると、『丸山真男の時代』が宮台真司思想塾のテキストに採用されと言う。読みやすい本ですよ。しかし、この本で丸山に対する蓑田胸喜の存在は凄く気になる。熊本は八代の人なんですね。
追伸:★書林雑記さんの情報晶文社は実用書に特化して文藝書から撤退しないのですね、僕も文藝書から撤退するようなカキコを過去ログでやりましたが、申しわけない。応援しますので、頑張って下さい。犀のマークは「サブカル的教養のシンボル」でもありました。色々な試みの出来る、冒険も出来る可能性のある犀だと思いますよ、撤退するなんて本当にモッタイないと思っていました。良かったです。http://www.shobunsha.co.jp/

丸山真男の時代
竹内 洋著
中央公論新社 (2005.11)
通常24時間以内に発送します。